Connect
with Us
Thank you!

PAPERSKYの最新のストーリーやプロダクト、イベントの情報をダイジェストでお届けします。
ニュースレターの登録はこちらから!

画家・中園孔二が、いる。
村岡俊也

 

08/03/2023

東京藝大の卒展で展示された。
中園孔二《無題》2012年 東京都現代美術館蔵

初めて中園孔二の作品を観たのは、2018年、横須賀美術館での〈中園孔二展 外縁−見てみたかった景色〉だった。イメージが多様に拡散する絵画をうまく咀嚼できず、子どもの絵のようだという感触だけが残った。だがむしろ、わからないために彼の作品がずっと心に残り、その後にも何度も思い出していた。

イラストレーターの友人から「中園は、美大予備校の生徒だった」と聞き、加えて「彼の思い出をまとめた冊子のようなものを作りたい」と相談されて、私は評伝を執筆することに決めた。中園の母と一緒に墓参に行って許可をいただき、学生時代の同級生をはじめ、中園の作品を購入していた金沢21世紀美術館館長の長谷川祐子、恋人、アトリエのシェアメイト、アルバイト先の飲み屋の女将など、中園を知る人々に会いに行った。

高校二年生の夏から絵を描き始め、25歳で亡くなるまでのおよそ八年間に、中園は600点近い作品を描いている。それら膨大な作品は、彼の人生にあった喜びや怒り、悲しみとリンクしている。中園の東京藝術大学時代の恩師であり、同業者でもある画家のO JUNは、「制作は作家の呼吸や欲望、身体の起こりを素材として、物理的な圧力を加えることだ」と語っていた。作家と作品は区別して扱うべきだが、当然ながらそこには確かな繋がりがあり、取材を進めるほどにその思いは強くなっていった。

洋服では銃を打ち合っている。
中園孔二 《無題》2012年 白木聡氏・鎌田道世氏蔵

中園は小学生の頃から熱中していたバスケットボールを突然やめて美大予備校に通い、現役で東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻へと入学する。卒業作品展の作品が小山登美夫ギャラリーの小山によって購入され、個展を開くことになった。卒業後は家を出て、北松戸、大宮、そして最期の地となった高松でアトリエを構え、展示の度に評価を確かなものとしていった。

だが、順風満帆のように見える画家としての日々には、苦悩があり、精神的な落ち込みがあった。夜の森を歩いたり、廃屋のビルに忍び込んで夜を明かしたり、充足感を追い求めて行動する夭逝の画家。日常と同じように、描画にも独自の規範があり、中園は自身が描いている姿をほとんど他人に見せなかった。ただ、肘や指、タオルなど、自身の「呼吸や欲望」をそのまま伝えられる“絵筆”で、描いていたという証言もあり、緻密であり、同時に即興的でもある中園の作品は、しばしば身体性と紐づけて語られている。多作な作家は、生前のインタビューで「たくさん作ることにすごく意味がある」と語っていたが、それだけ「呼吸や欲望、身体的な起こり」が多かったのだろう。

彼を描画へと向かわせた原動力がなんだったのか? その朧げな答えの一つは、現在、中園が晩年を過ごした高松からすぐ近くの丸亀市にある猪熊弦一郎現代美術館で行われている展覧会のタイトルにある。約220点を展示している展覧会のタイトルは〈ソウルメイト〉。絵を描くことについては自信家に見えていた中園だったが、深い部分まで理解してくれる誰かを常に探し求めていた。まるで深海に潜るようにして制作をしていた中園は、潜っていることを知る誰かが必要だった。

高松で制作された油彩画。
中園孔二 《無題》2015年 東京都現代美術館蔵

〈中園孔二 ソウルメイト〉展はいくつかのテーマに沿って、作品を展示している。例えば『無数の景色』というテーマの壁には、即興的に描いた小品を展示し、そのバリエーションの豊かさを示し、『ひとびと』では、ゲームのキャラクターのような目と口だけの存在や人なのかゴーストなのかわからない無数の顔が描かれた作品が展示されている。

特徴のひとつである、入れ子構造の作品。
中園孔二 《無題》2013年 sasanao 蔵

私が特に惹かれたのは、同じシリーズの絵が画集の表紙になっていて、代表作とも言われる複雑なレイヤーを持った作品だ。『多層の景色』というテーマが設定され、中園の特徴の一つである入れ子構造がよくわかる大きな絵だった。

展示の構成も入れ子構造が意識され、空間内に新たな空間を作り出して、作品のレイヤーを体感できる仕組みになっている。その作品は、いくつもの層が破綻ギリギリまで緻密に描かれている。近寄って観るとそこかしこに小さな顔が描かれ、いたずらのように仕掛けがなされている。反対にズームアウトしていけば、大きな顔が現れる。その絵の中で、最初に線を入れたという大きな顔を観て、なんて大胆なのだと嘆息するのと同時に、細部まで丁寧に塗り重ねていく緻密さに中園の心のありようを覗いた気がした。相反する中園の性質が同時に表現されているように思った。「呼吸や欲望」が、定着されていると感じられて、私は涙が滲むほど心が動かされた。理解しようと友人知人に話を聞くうちに、もういない中園本人と向き合うことになり、その絵の中で中園と出会うことができた。

今回展示された作品すべてに、中園がいる。

2014年撮影。



中園孔二
1989年、神奈川県横浜市生まれ。2012年、東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。2015年、瀬戸内海沖で他界。主な個展に「中園孔二展」(小山登美夫ギャラリー・東京、2013年)、「中園孔二展 外縁―見てみたかった景色」(横須賀美術館・神奈川、2018年)、主なグループ展に「絵画の在りか」(東京オペラシティ アートギャラリー・東京、2014年)、「NEW VISION SAITAMA 5 迫り出す身体」(埼玉県立近代美術館・埼玉、2016年)、「Japanorama: A new vision on art since 1970」(ポンピドゥー・センター・メス、フランス、2017年)など。

女性をモチーフとした作品。
中園孔二 《無題》2013年または 2014 年頃



【展示情報】
中園孔二 ソウルメイト
会期:2023年6月17日(土)〜9月18日(月・祝)
会場:丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
休館日:月曜日(ただし7月17日、9月18日は開館)、7月18日(火)
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)

◾️書籍
穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って
村岡俊也


将来を嘱望されながら、2015年に25歳で急逝した画家・中園孔二。両親や友人、恋人たちへの丹念な取材と書き残された150冊ものノートなどから読み解く本格評伝。作品もカラーにて多数収録。

3630円(税込)新潮社