絵を描き、進化させる“暮らす旅”へ
そっとパステルを置くと、彼女はキッチンに立った。冷蔵庫の中身を確認し、前日買ったばかりの豆を挽いてコーヒーをドリップ。市場で手にした不ぞろいな果物たちとヨーグルトで軽い朝食を済ませると、ベランダに場所を移して再び絵と向き合う──。
俳優でアーティストの松本妃代さんが、“暮らす旅”をライフスタイルに取り入れるようになったのは数年前のこと。最大の目的は、絵を描くため。1年のうちの2〜3カ月の間、旅先で部屋を借り、異国での日常を自然体で味わいながら、創作活動に専念する日々を過ごすのだという。

「自分の絵をどんどん変化させていきたい。そのために、私にとってのベストな方法は、旅というインプットだって気づいた。身を置く環境が変わると、頭のなかに浮かぶ描きたいイメージがまったく変わるんです。絵を描く時間以外は、ごはんをつくったり、散歩したり、編み物をしたり、週末は遊びに出かけたり。普通に、ひとり暮らしを楽しんでいます」
台湾、フィリピン、ベトナムなどアジア各地を経て、近年はたびたび北欧へ。清涼感に満ちた美しい森林と湖、そこに息づく多様な生命。人々は優しく気高く美しく、母なる自然を慈しみながら心豊かに暮らす。そんな景色に心惹かれ、おおいに創作意欲を刺激された。そして今回、暮らす旅の舞台は宮古島に。気候も風土も正反対の土地ながら、人々の暮らしから両者に共通点を見たと妃代さんは言う。

「自然との向き合い方や感謝の心が、デンマークの人々に重なって見えたんです。人間中心の世界じゃなくて、自然のなかに住まわせてもらっているという感覚。そこには、神や目には見えない存在も当たり前にあって、それが暮らしのなかに息づいている。日々祈りを捧げているというおばあの話を聞いて、こんな世界が日本にもあったんだって、なんだかすごく嬉しかった」

リゾートという一般的なイメージをひと皮剥くと、宮古島には深遠で独特の文化が根ざしていることに気づく。そのひとつ、宮古島を語るうえで欠かせない一面が、先祖崇拝と自然崇拝から生まれる敬虔な信仰文化だ。
年に1回墓参りに行くか行かないかくらいの、今どきの多くの日本人にとって、先祖の存在は日常から遠く、神にいたってはその存在すら信じる人は少数派といえるだろう。けれどもこの島では、神が、精霊が、ご先祖様の存在がいたるところに宿っていて、悩み事ならシャーマンに相談するのが定石。そんな日常を、はばかることなく人々は口にする。老いも若きも、女も男も、出会った人がことごとく。神様の声を聞いたとか、龍を見たとか、禁足地に入った人に祟りがあったとか。



「北欧に行ってから、自然のなかにいる目には見えない神秘的な存在をキャッチできるようになってきたんです」という妃代さんが、もしかしたら引き寄せていたかもしれないけれど。
さて、そんな宮古島で描いた絵とはというと、奥行きのある一風変わった世界観。幻想的で少し怪しくて、それでいて心に温かい。目には見えないけれどたしかにそこにあると思えた、美しき異世界の情景が描かれていた。

俳優で画家の松本妃代による個展を
3月1日(日)~15日(土) 渋谷 シソンギャラリーで開催
“Hideaway”と題した、内面に深く向き合う表現は
隠れ家のような森に籠って制作された光と影の絵画
株式会社シソン(所在地:東京都渋谷区)は、3月1日(日)より、代官山SISON GALLERy (シソンギャラリー)にて、俳優で画家の松本妃代の個展を開催いたします。今展は、毎年数ヶ月海外にて環境を変えて制作する松本妃代が、昨年末まで数ヶ月滞在したフィンランドの森で描かれた作品を中心に展示致します。そこで表出した今までにない新たな表現も見どころのひとつです。その作品からは、あたたかな、時として暗く静かな光と影に、死生観をも感じさせます。
松本妃代個展 『Hideaway』
会期:2025年3月1日(日) ~ 15日(土)
月・火曜日休廊
会場:SISON GALLERy シソンギャラリー
東京都渋谷区猿楽町3-18
時間:13:00~18:00
Web: http://sison.tokyo

松本妃代/Kiyo Matsumoto
1995年生まれ、兵庫県出身。アーティスト、俳優。自然や生きものをテーマに20歳から独学で絵を描き、以後、毎年個展を開催。第19回タリーズピクチャーブックアワードにて絵本大賞を受賞。2023年に絵本『わたしのせかい』を発表。映画、TV、WEBドラマなど出演歴多数。