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Jomon Fieldwork
賢者の欠片

津田直
vol.9

いまから遡ること2,500年から13,000年、日本の歴史がはじまるずっと前に、日本各地で繁栄した縄文文化。このシリーズでは、フォトグラファー津田直が独自のフィールドワークを通して、縄文の歴史を紐解く新しいピースを拾い集めます。第9回は、長野県・長和町を探索したエピソードです。

09/03/2021

旧石器時代から続く、黒耀石の産地


ごろりとした重みのある黒く光り輝く石を手に握る。二つ、三つ、四つと重ねて抱えると断面の鋭さで、うっかり手を切ってしまいそうだ。良く見ると尖った石は、動物の角のように先端が鋭く、薄くなった面は天然の刃物のようになっている。これが自然石かと思うほど石は艶やかで、砕いたガラス塊を思わせる。この黒い石は、火山から噴き出したマグマが急激に冷却された時にできる天然ガラスで、黒耀石と呼ばれている。産出地こそ全国的に限られているものの、旧石器時代から縄文時代にかけて、日本列島に広く流通し、狩猟民族によって愛用されてきたのだ。

彼らが旧石器時代に山の斜面や河原で黒耀石の欠片を見つけた時の驚きは、一体どういうものだったのだろう。その美しさと輝きから、地上の産物ではないと思い、空を見上げたかもしれない。今でもそのような伝承の残された地域があり、「黒耀石の採れるところは、流れ星の降り積もった場所だ」という話が語り継がれているそうだ。ハルゼミが賑やかに鳴く6月、フィールドワークで訪ねた長野県小県郡長和町では、原産地に星糞峠の地名が残されている。歩くと確かに地面に散らばる黒耀石の欠片が太陽光でキラキラと輝きはじめ、天空の星を思い起こさせる。

現地を案内してもらった黒耀石体験ミュージアムの大竹さんによると、星糞峠近くの鷹山遺跡では、3万年も前から黒耀石を石器の材料として使いはじめていたことが調査により分かっているというから驚いた。3万年前と口にはできても想像すら及ばない長き時間の話なので、いつの時代まで遡ればよいだろうかと半ば途方に暮れはじめていたら、大竹さんがさらに興味深い話を聞かせて下さった。

火山の噴火によってできる黒耀石だが、後に噴火口の地形が崩れ、土砂とともに山の麓へと流れ落ちてゆくと、川沿いなどに溜まったようだ。旧石器人たちは、そこで黒耀石を拾い集め、石器を作り、狩りや生活に役立てていたのだろう。しかし、森が豊かになり土砂崩れも少なくなり、河原で黒耀石が見つからなくなってくると、やがて人は山に登り黒耀石を掘り出すようになったというのだ。その時期が縄文時代と重なる。面白いのは今でも縄文人が掘ったという場所を掘り返すと、穴を掘った時に出た土層が現れ、かつての作業工程や立っていた場所まで想像できてしまうということだ。地表面と違い、地層には歴史の一コマ一コマが数千年の時を経てなお封じ込められている。僕らは今でもそこに立ち戻り、過ぎ去った時を読むことができるわけだ。

「大竹さん、ここから産出した黒耀石ですが、どの辺りまで流通していたと考えられているのですか?」「遠いところでは、青森県の三内丸山遺跡でも信州産の黒耀石の鏃が見つかっています」…ということは、およそ500kmの距離を誰かが運んだことになる。一つの鏃から見えてくることがある。その流通の広さとともに、その距離を繋ぐ道が浮かび上がってくる。それは山道だったのか…いや川や海を渡したかもしれない。原石を採掘する者、砕いた黒耀石から石器を作る者、加工された石鏃を運ぶ者…たくましき縄文人の姿が風景と交差する。

「今、撮影されている黒耀石の原石はね、縄文人が掘っていた穴のすぐ下から見つかったものなのよ」と大竹さんの声がする。なるほど、もう少し掘っていればこの原石に出会えていたのだ。この塊を縄文人が隣で見ていたら、さぞかし目を輝かせ黒耀石を見つめたに違いない。

<PAPERSKY no.45(2014)より>

津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。


津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。
tsudanao.com