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Jomon Fieldwork
賢者の欠片

津田直
vol.7

いまから遡ること2,500年から13,000年、日本の歴史がはじまるずっと前に、日本各地で繁栄した縄文文化。このシリーズでは、フォトグラファー津田直が独自のフィールドワークを通して、縄文の歴史を紐解く新しいピースを拾い集めます。第7回は、岩手県・峯岸を探索したエピソードです。

07/05/2021

「縄文の丘へと 還る」


根をむき出しに立ち上がる木々の姿に目を奪われながら、草木で覆われたトンネルを抜けると小高い丘へと出た。暗がりの道をくぐり目的地に辿り着くと、まるで時代を遡ったかのような錯覚を起こすから面白い。岩手県大船渡湾の碁石海岸から徒歩10分程で登ってくることのできるこの丘は、かねてから縄文土器が出土することで近隣の人々には知られていた。

僕がここを訪ねてゆくようになったのは、2011年に東北を襲った東日本大震災後の話になる。海に身を寄せて暮らしてきた多くの人命と住まいが失われたことで、いつしか疑問を抱くようになってきたからである。それは「人間はどこに暮らせばよいのか」という素朴な問いかけに始まったが、東北に通い続けるなか幾度季節が巡ろうとも、一向に展望の見出せないままだった。さらに僕自身が阪神淡路大震災によって神戸の実家を失っていることもあり、被災地に生きる人々の明日を思うと心身から離れようのない問いかけとして留まり続けていた。

そんな霧の中を彷徨っているような季節に転機が訪れた。東北の各地域で復興計画が進むなか、大船渡市でも幾つかの地区で集団移転へ向けた事業が遂行されているというのだ。高台に移転するということ…切り開かれるその森や茂みで、人々は縄文人の暮らしていた場所と出会うのではないだろうかと僕は想像を膨らませていた。県に問い合わせ高台移転の対象となっている土地が縄文遺跡と重なっているかどうかを調べた。するとすでに幾つもの移転先から縄文土器片などが発見され工事は一旦中断していることが判った。こうして辿り着いた土地が峯岸遺跡である。

初めてその地を踏んだのは6月中旬、雨上がりで地面がぬかるんでいた日のことだった。北側斜面で土器が出土しているということで中を歩かせてもらった。案内をしてくれた調査員の福島さんは温かい眼差しで地面を触りながら「貞観の大地震(869年)時の津波はここまできた形跡がない、そう土が教えてくれている」と話してくれた。そして、「さらに地面を一枚一枚めくってゆくように削ってゆけば、もっと多くのことが分かってくるだろう」と。僕は再会の約束を交わし、峯岸を後にした。

10月初旬再び踏んだ遺跡は一日40名程が発掘調査に従事した甲斐もあり、調査が進んでいた。道こそ無いものの、縄文時代前期(約6000年~5000年前)の住居跡や食料を貯蔵していたと考えられる土坑などが幾つも発見され、縄文の村を歩いている気分にさえなった。作業員の間を抜け、一軒の住居跡で足を止めた。中心の土が赤く変色している。「火を焚いたのでしょう。土が焦土化しているから炉の跡かもしれないね」と調査員の星さん。土地の歴史を掘り起こすと、かつて人が暮らした時の長さもいずれ分かってくることだろう。彼らの調査報告書を心待ちにしている。

一呼吸し、僕は海の望める遺跡の端に立っていた福島さんに声を掛けた。「ひと夏の作業を終えて、いま何が見えていますか」と。大船渡湾を眺めながら、彼は話し始めた。

「ここは海風の通り道。そしてなだらかな斜面となっていて日照りも良く、暮らしやすいですよ」「かつては我々も研ぎ澄まされた感性を持っていたけれど、どこかに置いてきてしまった。だから外的なことに対して無防備になってしまったのかもしれない」。彼はこの丘で発掘調査に携わりながら、その先で「人間の暮らし」について心を向けていた。

峯岸遺跡の調査は10月末で終了となる。やがてそこへ21軒の家が建ち、人々が丘に還ってくる。かつて村の在ったその土の上へと。

<PAPERSKY no.43(2013)より>

津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。


津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。
tsudanao.com