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Jomon Fieldwork
賢者の欠片

津田直
vol.6

いまから遡ること2,500年から13,000年、日本の歴史がはじまるずっと前に、日本各地で繁栄した縄文文化。このシリーズでは、フォトグラファー津田直が独自のフィールドワークを通して、縄文の歴史を紐解く新しいピースを拾い集めます。第6回は、青森県・小牧野を探索したエピソードです。

06/04/2021

環状列石から読む、縄文人の時間概念

6月中旬、しとしとと滴り落ちる雨の音を聞きながら、青い森へと向かっていた。東京を出発した頃は、まだ湿度がかなり感じ取れたが、青森県に辿り着くと雨上がりにも関わらず、空気はさらりとしていた。久し振りに通る市街地では市場が目に入り、まずは新鮮な魚で空腹を満たしたい欲望に駆り立てられたが、ひとまず抑えて野沢方面へと車を走らせた。いつしかアスファルトの道路は途切れ、土路になっていた。見渡す限りの新緑となった頃、車を止めた。季節は日毎に夏へと近づいていたが、茂りはじめた足元の緑はまだ瑞々しかった。都市部を離れ、森へと一歩立ち入るだけで、僕らの小さな身体はいとも簡単に自然界の一部へと吸収されてしまう。

いま歩いているこの辺りは八甲田山系の裾野で、江戸時代には馬の放牧地だったことから小牧野と呼ばれている地域だ。そこに25年前、とある高校生とその教諭が発掘したという縄文時代後期前半(約4000年前)の遺跡があると知り、訪れた。小牧野遺跡は、近くを流れる荒川と入内川に挟まれた標高145mの低丘陵に位置している。待ち合わせた案内人の青森市教育委員会・児玉さんと共に、まずは環状列石(ストーン・サークル)へ向かった。 

思わず「おぉー」と唸り声を上げてしまうほど、森に囲まれた広場の斜面に残された組石は見事に円を描いていた。発掘調査で出た土をそのまま盛土にしているという見晴台へ登ると、やや俯瞰するように環状列石を望むことができた。円の中心には立石が天へ向けて佇み、3重となる波紋のような輪が河原石で組まれ、全体像を浮かび上がらせていた。その直径はおよそ55mにおよぶということで、相当数の人が集える広さだったことを物語っている。

「縄文人は場所を選び、ここで長い時間をかけて組石を築きあげてきたんですよ」
「それはどのくらいの時間をかけてですか」
「およそ200年くらいでしょうか」
「えっ、200年間も作り続けていたと」

「そう、だから完成が目的ではなかったのではないかという説があります。例えばですが、埋葬や祭祀、儀礼の空間として、使い続けてゆくことの方が重要だったのではないかという可能性もあるわけです」と児玉さん。どうやら縄文人と現代人における時間という概念には、相当な隔たりがあるようだ。

ここ小牧野の場合は、構築から最終形態に至る経緯そのものが主軸として機能していたような趣があり、更には未完の美学という精神すら成立していたのではないかと感じずにはいられなかった。もっと興味深いことには、周囲の調査から環状列石の近くでは土坑墓(土を掘り窪めた穴に埋葬したもの)や、貯蔵穴、美しい形状の三角形岩盤などは多数見つかっているものの、住居跡はほとんど見つかっていないということである。となると人々はどれくらい遠くからここへ集ってきたのだろう。

再び見晴台に立つと「晴れた日に陸奥湾を望むと、下北半島から津軽半島まで一周を眺めることができて、さらに先に北海道まで望める日がありますよ」と教えて下さった。ここは遥か海の向こうまで交信を可能とした空間だったのかもしれない。

惹きつけられるように翌朝は4時半に起床し、陽の昇りはじめた時間に合わせ再び遺跡へ向かった。前日の話を受け、神聖な空間を肌で感じ取るため、素足で歩いて回ることにした。すると環状列石は意外にも高低差があり、円形劇場のようになっていた。また縦横交互に積まれた石や祭壇のような組石は昨日にも増して鮮やかに目に映った。それは降りはじめた小雨による仕業であったが、濡れた列石は、黒光りし妖しい魅力に包まれていた。

<PAPERSKY no.42(2013)より>

津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。


津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。
tsudanao.com