海の森から、土に還したもの
晩冬を過ぎた3月の空は、春を待つ蕾のようにじっとしていた。能登半島へは空路で降り立ち、まだ雪が残る田畑を眺めながら、ゆっくりと珠洲方面へと車を走らせた。向かった能登町真脇は、日本海に突き出した半島の、富山湾に面する東側の海岸にある。
高台に立ち、囲まれた丘陵からなだらかになった斜面を見下ろすと、入江へと繋がっているのが一目でわかった。そのやや奥まったところは扇状地となっていて、1980年代初めに河川工事が行われた際に多数の縄文土器、石器が出土したことにより、真脇遺跡として県指定を受け今日に至っている。約4,000年に渡り繁栄し縄文人が定住していた痕跡を辿ることができる場所というわけだ。つまり、集落の暮らしは古から息づいていたと思われる。
そもそも僕がなぜこの地域を知ったかと言うと、昨年対談でお会いした哲学者・梅原猛先生に真脇の話をうかがったからだ。以来ずっと真脇で発見されているウッドポール（環状木柱列）が気になり、いつかそこに立ちたいと願ってきたのだった。フィールドワークについては、これまでも「肌で読む」ことを心掛けてきたので、まずは復元されているウッドポールへと向かった。土中から突き上げるような12本の木柱は、発見されている木柱根（柱の埋め込み部分だけが残ったもの）を基に復元されているという。ということは、縄文人の築いたスケールのまま、その円環に身を重ねることができるということだ。
ぐるぐると辺りを歩き回った後、円の入口かどうかは定かではないが、より太い2本の柱と柱の間に立つと、正面にちょうど小山が臨め、振り返ると背中に海を見下ろすことができた。「ん、向こうとこっち、すべてが繋がっている？」とっさにそんな空想をしてしまうほど、山と海を結ぶには最適な位置に木柱は建てられていた。また、その木柱の興味深いことには、栗の木を割って造られた半月形の柱の割面を外側に向け、円を描くように並べられていることにある。その意図は一体何だったのだろう。そうした謎はいまでも暗闇の中だが、片や世界からそうした謎が消えてしまうことほど哀しいこともないわけで、僕自身いつでも引き寄せられる場所に歩み寄っては、その記憶を身体の経験に換えてゆこうと常々試みているところがある。
案内役を務めてくれた縄文館館長の高田さんが面白い話を聞かせてくれた。指さす方を眺めるといまは川が流れているが、そこで286頭ものイルカの骨が発見されているという。後で見せてもらった館内では、出土品に混ざり真脇近隣の漁師たちによるイルカ追い込み漁の写真が飾られていた。イルカ漁は昭和30年代まで行われていたというから驚いた。となると、つい最近まで数千年に渡り、その営みを人々は守ってきたことになる。
移動して、今度は海の方から木柱列の並ぶ丘を眺めてみることにした。足元には透き通った水面下に水草が揺れていた。海にも森が広がっていた。彼らは海の森で動物を獲り、山林では獣を狩り、木の実を採集し、預かった命への儀礼をその真ん中で行い、暮らしていたのかもしれない。
その心を土器に見た。館に戻り、特別にショウケースから真脇式土器（真脇遺跡縄文館所蔵）を出して見せてもらった。隔てるものがなくなった土器は、間近に見つめると命が吹き込まれているような気配があった。特に素晴らしい造形は土器の口の部分にあり、まるで鮮魚がいまにも飛び跳ねそうな勢いで模されていた。命と命の循環が結晶した造形美。真脇の縄文人は木柱列において美しき真円を大地に引いて魅せたが、土器にも命の円環を与えていた。
＜PAPERSKY no.41（2013）より＞
津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。
津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』（共に赤々舎）、『Elnias Forest』（handpicked）がある。
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