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Jomon Fieldwork
賢者の欠片

津田直
vol.3

いまから遡ること2,500年から13,000年、日本の歴史がはじまるずっと前に、日本各地で繁栄した縄文文化。このシリーズでは、フォトグラファー津田直が独自のフィールドワークを通して、縄文の歴史を紐解く新しいピースを拾い集めます。第3回は、青森県津軽を探索したエピソードです。

11/13/2020

土舞台から縄文を辿る

まだ新緑の頃だと言うのに、青森県の北西部津軽平野を照らす太陽はすでに夏の日射しのように眩しく輝いていた。その暑さから逃れるべく僕は車窓から舞い込む風に身体を涼ませ、つがる市森田歴史民俗資料館へと向かっていた。到着するなり縄文文化の案内人で発掘調査に詳しいという学芸員の佐野忠史さんを訪ねるべく教育委員会へと電話をかけた。すると繋がったのは申し合わせたかのようにご本人だった。5分後には日除けの帽子をかぶり、すぐにでもフィールドへ出かけんばかりの出で立ちで氏は現れ、「あと5分遅かったら調査に出掛けていましたよ」と笑顔で迎えてくれた。「先に遺跡へゆきましょう。すぐそこですから」 こういう一言にいつでも心は躍るものなのだ。

これまでも遺跡を巡るとき、学術的な資料による見学は出来る限り後に回し、舞台を土壌に求めてきた経緯がある。やはり縄文に触れるなら、まず土舞台に立ち、遠景を望み、かつての地形を思い描くことからはじめたい。例え目前にはただの畑地が広がっていようとも、6,000年前の平均気温が2〜3度高かった頃には遠くの海が今よりもはるか内陸にまで進入していた事実を踏まえ、曲線を描く河川の流れ、遠景に望める岩木山の稜線を目でなぞっていると、かつて縄文人が住まいから望んでいた光景が自然な力で呼び覚まされ、眼中に浮かび上がってくるようだった。これこそ氏の案内の賜である。

「この畦道、縄文人も歩いたと思いますよ」 声と共に差し出された指の先に目を向けると林が続いていた。どうしてそんなことが分かるのだろうか。「道を南へ辿ると林があるでしょう。入ってみて下さい」 草木を掻き分け陰地となった斜面を登り始めると茂みの下には道が続いているようだった。「その先へさらに道は続いているんですよ。何度目かの調査で、道の脇からはストーンサークル(環状配石遺構)を発見したのです。もう埋めて戻してしまいましたけれど」と佐野さん。確かに道は奥へと伸び、茂みの中に沈み消えていった。

現在は溜池に張り出す低陵の先端の畑地に在る石神遺跡、さらに南へと続く藤山遺跡。ここは縄文中期の特別史跡・三内丸山遺跡に代表される「円筒土器文化圏」と呼ばれている地域である。だから周囲では開墾の際に多量の円筒土器が出土している。又、その後の発掘調査では住居跡や土偶、土製品も発見された。他にも縄文早期(およそ8,000年前)の貝殻文土器片も見つかったらしい。ということは三内丸山遺跡以前から人がここに暮らし、海からの恵みを授受し、生活圏を広めていったということだろう。人が1万年近くの間暮らし続けている土地に立ち、遠くの民家を眺めているとなんだか愛らしく思えてくる。

帰路、佐野さんが遺跡とその保存について語ってくださった。「僕はね、保存というのは土の中が望ましいと思っているんですよ」 「えっ?」 「遺跡をより多くの人々に知ってもらうには復元させるのも一つの方法かもしれないけれど、場合によっては地上に露出させるのではなく、調査の後はそのまま土に戻してあげるのが次世代に受け継ぐ良い方法なのかなと。空気に触れることによって起こる損傷も限りなく少ないわけですしね。その方が遺物にとっても快適なんです」 現代の価値基準では、最新の科学技術を用いて全てを解き明かすのが専門分野に従事する者の役割だと思われがちだが、そのまま土舞台に仕舞っておくという方法はなるほど良案だ。

「最低限掘ればいい。後は保存をすること」 その言葉を胸に資料館に足を運ぶと、一点一点の出土品が太陽の下で見られる悦びに感極まるものがあった。

<PAPERSKY no.39(2012)より>


津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。


津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。
tsudanao.com