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Jomon Fieldwork
万年の記憶

津田直
vol.26

いまから遡ること2,500年から13,000年、日本の歴史がはじまるずっと前に、日本各地で繁栄した縄文文化。このシリーズでは、フォトグラファー津田直が独自のフィールドワークを通して、縄文の歴史を紐解く新しいピースを拾い集めます。

02/08/2024

ヒスイの光


ザァバーン、カタカタ、コトコト、ゴトゴト

—糸魚川市姫川のそばで小石が海の波に洗われる音を聴いている。ここはかつて、縄文の人々が石拾いをしていたであろう海岸線。だがここでの石拾いは、じっくりと目を凝らさねばならない。なぜならヒスイの欠片が見つかるかもしれないからだ。

僕にとってヒスイを巡る旅は、10年ほど前に始まっている。全国各地の縄文遺跡や村の資料館、個人コレクションなどを訪ね歩く中でも、一際目を引いたのは山梨県三光遺跡出土(長さ約11cm笛吹市教育委員会所蔵)のヒスイだろう。すでに原石としての荒々しい表情はなく、角ひとつなく磨き上げられたヒスイは、石そのものが妖しげな光を放っていた。その独特の透けるような美しさは、眺めているときはまだしも、いざ掌にのせてみると、人肌に触れたときのように、身体の中を何かが通り抜けていくようにさえ感じられた。古来より石には力が宿るというが、僕はヒスイが力の通り道になっているのではないかと思っている。生き物が水を蓄えているように、光を蓄える石。他にも青森県三内丸山遺跡出土のヒスイ大珠や、朝日山遺跡で見つかっている玉製品などを見ているうちに、ヒスイは一体どこからやってきたのだろうと疑問が湧き、産地である新潟県糸魚川市を訪ねることにした。

ヒスイの形成には地殻変動が大きく関わっていると聞いていたので、はじめにフォッサマグナミュージアムへ向かった。調べていくうちに、ヒスイはもともと地下深部で形成され(なんと5億年も前の話)、プレートによって押され、北アルプスを含む日本列島中央部が大隆起した際に、蛇紋岩に伴われ、地表へと上昇したのだということを知った。さらに地上では山の崩壊や土石流、地滑りなどによってヒスイ峡ができ、長い時間をかけて、ヒスイは川の流れによって海まで運ばれていったという。なるほど、ヒスイの産地は全国に数ヶ所あるけれど、良質のヒスイが糸魚川に集中するという謎が次第に解けていった。

東北日本と西南日本の境目となる地帯をフォッサマグナと呼ぶが、その誕生によって富士山や八ヶ岳をはじめとする美しき山容が創られていったことは知っていた。けれど、ヒスイや透閃石岩といった玉類や石斧の原材料が運ばれ、日本海へと注ぎ込む姫川や青海川流域が石材に恵まれた環境を築いていったとは。同館では、ヒスイの原石(白・灰・緑・薄紫・青・黒など)も多数展示されているので、見応えがあった。(フォッサマグナミュージアム所蔵)

続けてヒスイを求め、隣接する敷地にある長者ヶ原考古館を訪ねた。とは言っても、ここに縄文の人々が作ったヒスイがたくさん展示されているわけではない。むしろ、そうしたものは日本各地や朝鮮半島など大陸にも広がり、散らばっているのだから。けれどここでは、その原点を見ることができる。

ヒスイの歴史を調べていくと、はじまりは装飾的な使われ方をしていたのではなく、その硬さゆえに叩き石としての役割をもっていたらしい。つまり、糸魚川で作られた石斧等が先に流通の道を拓き、その後の縄文時代中期頃(約5000年前)にヒスイが本格的に加工されるようになり、広く山や海を渡り伝わっていったというわけだ。又、同遺跡からは頭部や足は見つかっていないものの、膨よかで丸みが美しい土偶も出土している。見入っていると、小石が長き旅を経て、ようやく海と出会い波に磨かれた、あの丸みを思い出している自分がいた。

<PAPERSKY no.62(2020)より>




津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。


津田直 Nao Tsuda
1976年、神戸生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然との関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。2001年より多数の展覧会を中心に活動。2010年、芸術選奨新人賞美術部門受賞。主な作品集に『漕』(主水書房)、『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『SAMELAND』(limArt)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。2019年秋、9年間の縄文歩きを元に、八ヶ岳美術館にて個展「湖の目と山の皿」を開催した。
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