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Jomon Fieldwork
賢者の欠片

津田直
vol.24

いまから遡ること2,500年から13,000年、日本の歴史がはじまるずっと前に、日本各地で繁栄した縄文文化。このシリーズでは、フォトグラファー津田直が独自のフィールドワークを通して、縄文の歴史を紐解く新しいピースを拾い集めます。

08/04/2023

尖底土器の一滴


北海道最東端の根室から車を走らせ、一週間程の寄り道を経て、函館に到着。その足で下北半島へと向かうフェリーに飛び乗った。現代ではこの海に県境が存在しているけれど、かつて縄文時代の人々はより小さな舟で往来していたことだろう。時を遡り土器の文様を手掛かりに文化圏という広がりを地図に重ね合わせてみると、この海は陸と陸を分け隔てるものではなく、海上の道として繋がっていたことは明らかだ。

下北半島の付け根には、小川原湖があり、その北側に続く沼の近くでは、縄文時代草創期(約13,000年前〜9,000年前)の土器が見つかっている。かつて僕が古書で知り、一目惚れしてしまった土器のひとつだ。この旅でようやく出会うことができたのだ。細隆起線文尖底深鉢形土器(六ヶ所村表館(1)遺跡出土、青森県立郷土館蔵)という正式名称があるのだけど、まずはその造形をじっくりと眺めてもらいたい。

上部に始まる数本の横縞模様は所々波打っているように見え、さらに下へ続く線文の連続は、とても丁寧に粘土紐が貼り付けられているようだ。撮影の際に学芸員に尋ねると、一万年の時を経て、大抵は先端が欠けていたりして、口縁部から底部までが連続して残り出土する例は全国でもわずかとの話だった。さらに文様を目で追うと、底部は乳房のような作りになっていた。縄文土器と言えば、平底の土器を思い浮かべる人が多いかもしれないが、尖底土器は縄文時代の始まりの頃から各地にて使用されていた。けれど尖底の形状をどのようにして使ってきたのかは、まだ良く分かっていないらしい。炉の灰の中に差し込んで煮炊きに使っていた、平底に比べて火の通りが早いからではないか、といった説があるようだが、どうも腑に落ちない。

この問いは、陶芸家とともに考えてみたいと思い、山梨県を訪ねた。友人でもある熊谷幸治さんは、日頃から野焼きや窯で土器などを制作している。図らずも、先日とある博物館から尖底土器の制作依頼を受けた実物が手元に残っているというので、手に取らせてもらった。(彼は他にも先端を極端に尖らせた土器シリーズなども制作している)

青森県で出土した土器に比べ深さは浅いものの、膨らみのある土器を抱え、内側を覗き込むと、緩やかに滑り落ちていくような曲線の先には、小さな窪みがあった。僕はしばらくの間、河川敷の草むらに土器を転がしたりしながら、眺めては、撮影したりしていると、熊谷さんがやってきて、「水に浸すと蘇るよ」というようなことを言って、ひょいっと土器を手に、まるで水浴びでもさせるように川の水に潜らせ、掬い上げた。さっきまで乾いていた土器の表面は一気に色濃くなり、触ると手に馴染んだ。

「土器は水が入って生きてくる。目が覚める感じだね」続けて、「土器作りでは、火が一番作用しているように思うけれど、一番興味を持っているのは、水分量。本来、土や粘土は湿っているもの。土器を作るとき、乾かすときも水分調整しかしていない。乾き過ぎると削れないので、湿っている状態のときにさっと削って作ってしまう」のだという。

土器に水を汲んできて欲しいと頼んでみると、身の詰まった果実のように重たくなった土器を、両の手に抱えて戻ってきた。その掌の真下、土器の先端に目を向けると、まるで母乳が溢れ、滴り落ちていくように、輝く水滴が見えた。熊谷さんも初めて見る光景だったようだ。僕はしばらく一滴、一滴、濾過されていく水を眺めながら、道具こそ使用することで生かされていることを、知る思いだった。そして、この道をもっと先へと歩き続けていこうと心に決めた。

<PAPERSKY no.60(2019)より>




津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。


津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。
tsudanao.com