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Jomon Fieldwork
賢者の欠片

津田直
vol.22

いまから遡ること2,500年から13,000年、日本の歴史がはじまるずっと前に、日本各地で繁栄した縄文文化。このシリーズでは、フォトグラファー津田直が独自のフィールドワークを通して、縄文の歴史を紐解く新しいピースを拾い集めます。

04/05/2023

母なる諏訪湖と一筋の涙


9月初旬、日本列島を台風21号が猛烈な雨風と共に通過しようとしていた頃、僕は長野県諏訪郡原村の森に佇む八ヶ岳美術館に来ていた。この辺りは、一説によると縄文時代中期(約4,500〜5,500年前)に文化が花開き、当時の日本の人口の1/4が集中していたとも言われている八ヶ岳山麓に位置している。周囲の標高は1,000mを超えており、天候が良好ならば、蓼科山や八ヶ岳など聳え立つ山容が望める。

この日は、美術館、収集庫にある考古資料の中から縄文土器を撮影するためやって来ていた。撮影が始まった頃、さほど激しい降りではなかった雨も、次第に吹き荒れ、窓の外では木々が大きく揺れていた。僕は最後の撮影を前に、一つの土器と向き合っていた。次の瞬間、天井の照明がすっと落ちるように消えた…停電だ。しばらくして、近くで倒木があり、美術館へと通じる電線が断ち切られたことを知った。

僕はカーテンから漏れる明かりの方へ土器を近づけ、ファインダーを覗き直した。そこには、やや地面の方にうつむいたような顔があり、頬を伝う一筋の涙が、先ほどよりも深く影を落としているように見えた。足元すらほとんど見えない暗がりの中、撮影を終え一息入れるためにカメラを三脚に残したまま立ち去ろうとして、僕は目を疑った。土器の置いてあるグレーの用紙が、一粒の水滴に濡れていたからだ。今度は雨漏りか、と思い天井を見上げたが、その様子はない。では一体どこから…。

あの時に見た水滴は、何だったのだろう。真相は闇の中にあるのだが、確かに落ちていたことを、紙に残った水滴痕が未だに物語っている。すべては嵐の最中の出来事で、明かりの失われた部屋で起こった事だった。

土器の出土した大石遺跡について触れておくと、見つかっている環状集落の中心の広場からは、墓域と思われる跡が多数見つかったそうだ。つまり、人々は死者といつでも向き合えるような近い距離に日々の暮らしを置いていたと思われる。撮影の前日、ストーンサークルが見つかったという阿久遺跡(縄文時代前期の祭祀場)を原村・教育課の佐々木さんと歩いたとき、彼が語ってくれた言葉が甦ってきた。「縄文の人々は、今の私たちと死生観が違ったのではないか」「死者に対する思い入れは遥かに深く、死者に対する敬いも遥かに強かっただろう」と。

阿久遺跡だが、見つかっている列石の先に、別名を諏訪富士と呼ばれている蓼科山を拝むことができる。又、遺跡からはこぶし大から人頭大の石が20万個も見つかっているというから驚いた。一体、どれだけの時間と共に集積されていったのかは分からないが、果てしない祈りの空間は人々の手によって輪郭を成していったに違いない。

ここまで暮らし良い環境下で、縄文文化をどのようにして現代まで残すことができたのか、と佐々木さんに尋ねてみた。すると意外な答えが返ってきた。原村は高地過ぎたため、弥生時代に入ってからは稲作に適さなかったようで生活痕が見つかっていないという。時を経て、平安時代には人々が暮らしていたようだ。その後には諏訪大社の御狩場となっていた時代もあるらしく、人々の立ち入りが禁じられていたという。神の恩恵を受けることになったのは果たして偶然だったのか。

僕の中で原村は、すでに幾つもの奇跡を起こした土地になっているけれど、八ヶ岳山麓から諏訪盆地へと向かうなだらかな斜面に立ち、あなた自身の目で確かめてもらいたい。ここに立てば、水を湛えた諏訪湖の存在が一層愛しく感じられるだろうから。

<PAPERSKY no.58(2018)より>




津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。


津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。
tsudanao.com