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Jomon Fieldwork
賢者の欠片

津田直
vol.21

いまから遡ること2,500年から13,000年、日本の歴史がはじまるずっと前に、日本各地で繁栄した縄文文化。このシリーズでは、フォトグラファー津田直が独自のフィールドワークを通して、縄文の歴史を紐解く新しいピースを拾い集めます。

02/03/2023

縄文のビーナスに見る、大いなる母


僕が縄文歩きを始めて8年目になる。その間に日本列島では大きな自然災害が頻発したことが関係しているかは分からないけれど、最近になり新聞や雑誌を中心に「縄文」という言葉を目にする機会が増えた気がする。日本の基層文化を見直すような動きが出てきたのではないか。そしてついに先日、上野の東京国立博物館にて『縄文─1万年の美の鼓動』展が始まったそうだ。そこでも土偶はきっと大いに存在感を放っているに違いない。

その土偶だが、近年では考古に精通する者に限らず、広く一般にも親しみや愛着を覚える人が多くなっているというから嬉しい。それは、土偶の持つ、独特な表情の奥に秘められた魅力を見つけてしまうからなのか、はたまた何に使われた物であるかすら、未だに分かっておらず、その謎についつい空想が膨らんでしまうからなのか。惹かれる理由は人それぞれだろうが、考古の分野では、土偶がどのように語られてきたのかを調べてみると、大まかには二つの説が浮上してくる。

一つは、出土する土偶の大半が、頭部や胴体、手足などがばらばらに壊されていたり、分散されていたりすることが多いことから、人々の病いの回復を祈願しているのではないかとする「身代わり説」。二つ目は、土偶の多くが女性を象徴して作られ、中でも妊娠を表現している像が目立つことから、多産や豊穣、子孫繁栄を祈願する「地母神の象徴」とする説だ。

とは言われてきたものの、土偶の一体一体にはそれぞれの物語が隠れていると思われるので、二つの説を心に留めつつも、その像をしっかりと眺めることから始めてもらい、さらにはその出土状況を是非とも知ってもらいたいと個人的には思っている。それこそが、縄文の人々の手による行いそのものであるかもしれないのだから。

誌面にて紹介する棚畑遺跡出土の国宝・縄文のビーナス(約5,000年〜4,000年前、茅野市蔵)の場合で言えば、見つかった遺跡の場所は、国内でも良質の黒曜石の原産地として知られている霧ヶ峰の南麓に位置していて、正面には八ヶ岳連峰を見渡すことができる。発掘調査によれば、かつての村は環状集落だったようで、住居の点在するその内側は広場になっていたと思われている。広場といっても、そこは墓域と見られていて、そのほぼ中心の穴の中から、土偶はまるで埋葬されたかのように顔を西側へ向けて横たわり壊されずに見つかっている。

高さ27cmもある土偶を前に、茅野市尖石縄文考古館の学芸員である山科さんに色々とお話を伺ったが、造形美はもちろんのこと、その大きさについても話が及んだ。これまで研究者の間では、小さな土偶は壊される為に、大きな土偶は集落全体の為に、使われてきたのではないかと言われてきたところもあるようだが、山科さんの説としては、シンボルのような、ファースト・マザー的な存在がモデルとなっているのではないか、ゆえに壊されることがなかったのではないかと。

さらに詳しく聞かせてもらうと、後の縄文時代後期の実例によると、ある遺跡で出土した人骨に残っていた遺伝子をまとめて分析したところ、その村に暮らしていた人々は特定の女性の系統の血縁で形成されていることが判明したそうだ。つまり、男性が婿入りするような、母系社会が築かれていた可能性が見えてきたという話。

胸元に雲母がキラキラと輝く縄文のビーナスを眺めながら、もしも、そのような大いなる母が存在していたならと思うと、その作り手、守り手、語り手と多くの人々が集っていた光景が瞼の向こうに浮かんでくるのだった。

<PAPERSKY no.57(2018)より>




津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。


津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。
tsudanao.com