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Jomon Fieldwork
賢者の欠片

津田直
vol.16

いまから遡ること2,500年から13,000年、日本の歴史がはじまるずっと前に、日本各地で繁栄した縄文文化。このシリーズでは、フォトグラファー津田直が独自のフィールドワークを通して、縄文の歴史を紐解く新しいピースを拾い集めます。第16回は、青森県・西目屋村を探索したエピソードです。

04/08/2022

水に没する村とモノガタリのゆくえ

原生的なブナ林が残され、自然遺産として知られている白神山地の玄関口である中津軽郡西目屋村に来ている。周囲の地図を広げれば、雁森岳に源を発し、岩木山南麓を北東に向かって岩木川が流れているのが見えてくる。そこに建設中の津軽ダムが完成すると、ダム湖の下に沈んでしまう遺跡があるというので、発掘現場に許可を取り、入らせてもらった。大沢川との合流地点に位置する川原平(1)遺跡は、縄文時代後期後葉から晩期(約3300年前から3000年前)にかけての集落跡であったと考えられていて、すでに調査が5年ほど続いているという話だった。

対岸に広がる青々とした木々を見つめながら、調査のために緑の剥がされた地面の上を歩き出す。河岸段丘上では直径10mを超える大型建物跡や見事に石組みされた炉跡がさっそく目に飛び込んでくる。僕は作業の邪魔をせぬように近づき、炉の火を受けたであろう部分を覗き込む。土が赤茶色に焼けているのまで見て取れる。遺跡の発掘現場は、普段ならば想像の外にある千年という単位が、地層となり重なり合っているのが一目で分かるので、とにかく興味深い。

すると、僕が立っている地表面は約3000年前の地面だよ、と誰かが教えてくれた。その瞬間、僕の今は3000年前の今と交差しているのだと実感が湧き上がってくる。やがて穴の空いた遺跡内の足場にも慣れてくると、3000年の時空は僕らとそれほど遠いところではないかもしれない、とさえ思えてくる。地面をめくり、手を伸ばせば、十分に届く領域の世界という感じがしてくるのだ。この日は、住居跡が点在している丘の上や、近くの斜面で見つかっている捨て場と言われている場所を歩き回った。気がつくと日が暮れかかっていたので、続きは明日へと持ち越すことになった。

翌朝、発掘現場を注意深く歩きはじめたら、ちょうど西捨場から土偶が出た、というので、急いで丘を下った。西捨場は湧き水が出ているからか、土中の水分が豊富にあり、黒土の中からはトチやクルミの皮や樹皮、他にも漆器や髪に付けたと思われる櫛までが良い保存状態で見つかっていたので驚いた。その朱色は、これまでに博物館等で見たことのある出土品よりも明らかに潤いがあり、色鮮やかに輝いていた。もちろん水分を含み、艶めいていたからだと思うけれど、縄文の色彩が生々しく顔を出していた。いよいよ土偶に近よると、遮光器土偶の頭部がはっきりと目に入った。木片のへらで土砂を丁寧に掻いていく女性の脇には、土偶の腕部と思われる破片が転がっている。

土偶と言えば、ずっと気になっている話がある。それは発見された時に完形のモノはほとんど見つかっておらず、大抵は身体の一部が割れているということだ。それが、何かの圧力で自然に「割れた」のか、何らかの役割を果たした後に故意に「割られた」のかは分からない。どちらにせよ、発見時のありのままの(保存の為に修復される前の)姿は、僕らが記憶し、後世に受け継ぎ、問いを持ち、書き留めておかなければならない事実だと言っていいだろう。なぜならば、民俗学の分野では、かつて「モノ」には精霊が宿っていたという思想が世界各地で散見されていて、モノとの対話は「モノガタリ」として各地に語り継がれてきたこともすでに分かっているからだ。

土偶には、一体一体に「モノガタリ」があったのではないか。縄文語の発見でもない限りは、今では風化してしまっているけれど、その可能性がないとは言い切れないだろう。未だ名前すら与えられていない、身体の欠けた土偶を見つめながら、僕はモノの陰に潜むモノガタリを想像しはじめていた。

<PAPERSKY no.52(2016)より>

津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。


津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。
tsudanao.com