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Jomon Fieldwork
賢者の欠片

津田直
vol.15

いまから遡ること2,500年から13,000年、日本の歴史がはじまるずっと前に、日本各地で繁栄した縄文文化。このシリーズでは、フォトグラファー津田直が独自のフィールドワークを通して、縄文の歴史を紐解く新しいピースを拾い集めます。第15回は、岩手県・一戸町を探索したエピソードです。

03/04/2022

竪穴式住居と祭祀空間

年間を通じて半分は旅の途上にある身だからか、人にとって家を持ち、暮らすとは何だろうか、というたわいない疑問が、しばしば頭に浮かんでは消えていく。そしてその自問から、いつ頃から人は定住し始め、特定の空間に居場所を見出すようになっていったのだろうかと更に想像を膨らませると、興味は尽きることがない。

だが、時を縄文時代まで遡った場合、かつての居住空間を想像で補うのではなく、実例として見ていこうとすれば、その輪郭がどうしてもぼやけてしまうのは、仕方のない話だ。そこには数千年という、時の隔たりがあるのだから。…と最近まで思っていたが、岩手県で発見されている縄文時代中期後半(約4,500年~4,000年前)の竪穴式住居が、焼失したままの状態で見つかっている例があるというので、一戸町にある御所野遺跡を訪ねることにした。

その発見は、1996年に行われた発掘調査で明らかになったようだが、それまでの復元住居の在り方を一変させる程、重大な出来事であったらしい。なぜなら、これまで一般的に縄文時代の建物と言えば、茅葺きの竪穴式住居がイメージされてきたところがあり、多くの遺跡の復元の基となってきたからだ。しかし、御所野で発見された住居跡により、以降の復元の考え方に大きく影響を与えたのだ。 

発見当時の状況を知るため、遺跡に併設する博物館を訪ねた。学芸員の話によると、遺跡内の西のムラと呼ばれている場所からは、保存状態の良い焼失住居が幾つか見つかったようで、炭になった屋根や柱の木材が土の中で腐ることなく形を留めていた他に、焼けた土も見つかったという。その後の検証や幾つかの実験を通して、当時の住居は掘り込まれた壁に沿って割板が立ち並び、屋根においては土が被せてあったことが判明したらしい。また、住居は失火というよりは、故意に焼失させたのではないかという専門家の見解もあるそうだ。その事実については、実証することは極めて難しい話だが、焼失した住居からは、小さな祭壇と思われるものが設けられていた形跡や焼けた土器まで見つかっていることもあり、住居そのものを焼却して、物送りを行った可能性を考えてみても良いのかもしれない。

話の後、山々に囲まれた遺跡を歩いて回った。敷地には復元住居の他にも、配石遺構やトーテムポールのような、独立した柱が幾つも並んでいる。太陽の光を浴びた後に、改めて館内でじっくりと竪穴式住居に見つかった物を眺めてみる。その入口付近には炉があり、奥の壁際からはトックリ型土器、彩色土器、ミニチュア土器、また安置されている花崗岩は、近くを流れる馬淵川をはさんだ向かいの聖なる山から運ばれ見つかっている。4,000年前の人々が炉の明かりで、祭壇と向き合う姿をついつい想像してしまう。というのは、僕の日常ともわずかに重なるところがあるからかもしれない。

我が家の朝は、神棚の榊立てのお水を替えることから始まる。その横には、神酒壺や平皿に盛られたお米やお塩等が並んでいる。縄文の人々が作った祭壇と僕の家にある祭壇が同じようなものだと言うつもりはない。しかし、竪穴式住居の中に広がる空間を眺めていて、僕には衣食住だけのために築かれた空間というようには見ることができない。少なくとも、そこに暮らした人物は遠くの景色と交ざり合っていたに違いない。それは住居が建てられていた場所からの眺望が物語っていた。大地に生きる植物が水の恵みによって命を繋ぐように、住居は絶やしてはならない炎と祈りの声によって、日々が照らされていたことだろう。

<PAPERSKY no.51(2016)より>

津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。


津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。
tsudanao.com