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Jomon Fieldwork
賢者の欠片

津田直
vol.12

いまから遡ること2,500年から13,000年、日本の歴史がはじまるずっと前に、日本各地で繁栄した縄文文化。このシリーズでは、フォトグラファー津田直が独自のフィールドワークを通して、縄文の歴史を紐解く新しいピースを拾い集めます。第12回は、北海道・伊達市を探索したエピソードです。

12/06/2021

静かなるモシリ島

丸い頭から尖った二本の腕が下がり、細い身体のヘソはぽっかりと穴が空いて、まるで人型のよう…というのは僕の空想であって、ここに並んだ三本の骨角製品(伊達市所蔵)は海でオットセイやイルカなどを捕る際の猟の道具として使われたものだ。使用する時には先端に矢尻を固定させていたと思われている。僕はこの銛頭をはじめとする出土品の装飾に魅せられて、北海道伊達市有珠町を訪ねた。

北海道といえば、しばしばアイヌ語の地名や名称と出会うが、有珠湾岸に位置する小島・モシリ島のモシリもアイヌ語で「大地」を指す言葉。面積一万平方メートル程の無人島で、有珠港の岸に立つと目と鼻の先にあった。干潮時であれば歩いてゆくこともできそうだが、訪ねた早朝は満潮時だったので渡れそうにない。小舟でもあればと思いながら近くを歩き回っていたら、漁師たちと出会った。どうやら朝方の漁を終えて戻ってきたところらしい。話し込んでいるうちに、舟を出してもらえることになり、若い漁師と共に乗り込んだ。モシリ島は平らな三角形をした島で、舟で一周してもらった。その後に着岸し草木を掻き分け上陸して、島から港や陸地を眺めた。海を隔てて陸までは150メートル程だろう。島は水に囲まれ、ところどころに大きな岩が転がっている。だが茂みに包まれているので、鳥の住処というわけでもなさそうで、静まり返っていた。モシリ島では、遺跡の発掘調査がなされた際に貝塚と多数の墓が見つかっている。時代は縄文晩期から続縄文時代(約2300年前から1700年前)にあたる。だが、住居跡が特に見つかっていないので、ここは古の時代から多くの生き物や死者にとって、静かな島として特別な場所だったのかもしれない。

再び陸へと戻ると漁師が朝食を出すよと迎えてくれた。船小屋に入ると水槽があり、網に掛かったばかりの魚が一緒くたに泳ぎ回っていた。のぞき込むと、クロガシラ、イシモチ、ヒラメ等の魚に混ざり、ナマコや網に掛かってしまったという小さなサメも見えた。隣に置かれたザルには貝類が入っていて、ホタテや牡蠣、ツブ貝等が並び、陽に焼けた漁師たちが海のことを語りはじめると、縄文人の暮らしは僕たちの生活からそれ程遠い日のことではないように思えてきた。

ひっくり返した一斗缶の上で、海水で洗ったツブ貝を沸々と熱していると、ホタテが差し出された。片方が天然物で、もう一方は養殖物だという。漁師たちの笑顔は、まぁ食べてみぃと言わんばかり。海水の塩分が程よく染み込んで美味しい。新鮮な海の幸は、柔らかさと甘さにおいて逸品だ。果たしてどちらが天然物か? 直感に任せて答えると、当たりだった。片方はとても食べやすく、味にまとまりを感じたのだ。だから、こちらが養殖かなと。一方は味がもっと複雑で、上手く表現できないが、幾つかの味が混ざり合っているように思えた。偶然出会った漁師たちとの朝食に交ぜてもらったことで、僕は縄文の狩人たちを以前より身近に感じはじめていた。

北海道の縄文文化を追っていて面白いことは、本州ではすでに農耕を中心とした弥生時代を迎える頃になっても、野生の動植物の狩猟・採集・漁労を生活の基盤とする暮らしが続き、それが後の続縄文、オホーツク文化、擦文文化、アイヌ文化へと受け継がれていることにある。そしてそれは緩やかに現代にまで繋がっているのではないかと思う。北海道を巡るフィールドワークは今夏も続いてゆくことになりそうだ。

<PAPERSKY no.48(2015)より>

津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。


津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。
tsudanao.com