「貝の道」に結ばれて
沖縄本島へと向かう飛行機が降下しはじめ、白雲の層を通り抜けると、眼下には蒼い海面が広がっていた。丸い窓から前方を覗くと伊平屋島がもうすぐそこだった。慌てて鞄からカメラを取り出し撮影開始。隣り合う伊是名島が姿を現すと、島と島との間にわずかに砂浜のある細長い具志川島が小さく顔を出していた。飛行機が那覇に到着すると、上空から望んだ島々を目指しバスで北部へと向かった。伊是名島に行くのは二度目で、名護市街を越えた先の運天港からフェリーで渡ることができる。
島に滞在して二日目、1965年以降は無人島となっている具志川島で出土したという人骨を見せてもらいに「伊是名村ふれあい民俗館」へ出掛けた。人骨は出土した状況のまま保存する為、周囲の土ごと切り取られ残されていた。およそ2500年前～3500年前の男性の右前腕骨だという。沖縄でこの時期を縄文時代と呼ぶかどうかということについては、研究者の間でも見解は分かれている。目にした資料によると、本土のように縄文時代・弥生時代のような区分は行われておらず、旧石器時代以降で土器出現後については沖縄貝塚時代と呼ぶこともあるようだ。永い年月を土中で眠っていた人骨を拝み、ガラスケースを覗かせてもらうと貝輪が重なり合うように8本着装されていた。
発掘当時の調査報告書（1979年発行）には、「着装された貝輪の加工方法はどれも非常に丁寧で、表面を研磨したためかあるいは初めからそのような素材を選んだのか、表面には貝本来の放射状の文様が鮮明で、淡紅色の縞模様が規則的にめぐる」とある。すでに2500年を越える時を経ているわけだが、今なおうっすらと輝く貝輪を眺めながら、以前に考古学者から聞いた話を思い出していた。それは地中に残された骨についてのことで、有機物からできている骨は酸性土壌中では分解されやすい為、現状のまま保たれることは難しいが、貝殻などの炭酸カルシウム成分があると中和され、保護されることがあるという話だった。だから貝塚では、その貝層から貴重な遺物が発見される例が多いというわけだ。
この腕輪の場合にはそこまで決定的なことは言えないにしても、8本の貝輪とともに腕骨が残されていることが奇跡的であることに変わりはない。僕はその美しい装いからただ一人の男だけではなくて、この時代を貝とともに生きたより多くの人々を想像せずにはいられなかった。彼らこそ生きる術として狩猟採集ということに留まらず、むしろ漁労にこそ精を出し、海とともに生きてきた人間で、この海を自在に往き来していたに違いない。
「貝の道」との繋がりもきっとあったことだろう。貝の道とは、南西諸島から九州、瀬戸内海や日本海など幾つかのルートを経て、北海道まで結ばれた交易ルートのことで、まだその全貌は明らかにはなっていないが、日本各地で南西諸島に生息する貝の装飾品が出土する度に、交易の広がりは更新されつつある。
現代に生きる我々は小さな南の島に立てば、果てまで来てしまったと思ってしまいがちだ。だが島に立つ時、そこから結ばれてゆく風景を見逃してはならない。伊是名島を発つ前日、漁師の手を借りて具志川島へと上陸した。歩くのも一苦労するほど草木が茂っていたが、島内からは伊平屋島、伊是名島、沖永良部島や与論島、そして沖縄本島北部を望むことができる。手元に地図があるのなら広げて見てもらいたい。この小さな島が位置するところは、奄美諸島と沖縄諸島の繋ぎ目となっていることが分かるだろう。ここは、かつて文化交流の中継点の一つだったのだ。
＜PAPERSKY no.46（2014）より＞
津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。
津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』（共に赤々舎）、『Elnias Forest』（handpicked）がある。
tsudanao.com