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Japanese Fika

いとうせいこうと
東西が融合した新・茶会 

vol.4 地球少年 篠原祐太

“Fika”とはスウェーデンの習慣で、コーヒーやお茶を飲むブレイクタイムのこと。いとうせいこうさんが亭主を務め、客人を迎える連載4回目。今回の客人は、東京・日本橋で昆虫食のレストランを開く篠原祐太さん。物心がついたころから虫が大好きで、食べずにいられなかったという篠原さんは昆虫食歴23年。その多彩な魅力について話を伺った。

02/08/2022



虫を食べる、少年のような人との話。自分もファーブルになりたかった子どもだったが、食べはしなかったな。思いもよらない茶飲み話でした。

ーいとうせいこう



虫が好きすぎて食べずにはいられなかった

篠原:まずは僕のいち押しの桜の木にいる毛虫のフンを煮出したお茶を、ぜひどうぞ。

せいこう:独特の風味でおいしいなぁ。ちゃんとお茶の苦みもあるね。

篠原:苦みは煮出し具合で変わるんです。後味の苦みがアクセントになっていて、甘いお菓子の後に飲むといい具合になります。

せいこう:ここに置いてある黒っぽい粒が毛虫のフンなの?  こっちは緑色だね。

篠原:それは蚕のフンです。

せいこう:蚕に興味があって2回くらい育てたことがあるんだけど、確かに年中フンをしてたな。こんなにきれいな色だったっけ?

篠原:これは桑の葉だけ与えて育てているんです。蚕のフンは中国では蚕砂と呼ばれていて、伝統的に漢方薬として飲まれています。血液の流れをよくする作用があって、腸に優しいといわれています。味わいも魅力的なので、僕らの店ではドリンクやデザートによく使います。

せいこう:そもそも料理をやっていて虫側に行ったの?  それとも虫好きから料理? 

篠原:生まれたときからという感じです。

せいこう:僕は親が長野県出身でイナゴとか食べる風習が身近にあったし、小さいころは河川敷でバッタとか捕らされて炒ったのを親が食べてた。俺みたいな、虫好きだと食べないほうに行きがちだけど。でも、食べるってほうに即行ったわけだよね?

篠原:そうですね。好きすぎて、食べずにはいられなくて。物心がついたころから手当たり次第に虫を捕まえて食べてましたね。

せいこう:えっ!!  線虫が入っていたりするから、一応煎ったり煮たりして、だよね。

篠原:当時はそのまま食べてました。ただ、寄生虫がいる可能性もあるので加熱は徹底したほうがいいです。でも食べてわかることが多くて、幼稚園のころに桜の木の毛虫を初めて食べたら、めちゃくちゃ上品な桜餅の味がしたんです。その味が衝撃的で。

せいこう:毛の部分は痛くないの?

篠原:あの毛には毒が一切ないんです。チャドクガみたいに種類によっては強い毒のある毛虫もいますが、桜の木の毛虫はモンクロシャチホコっていう蛾の幼虫なんですけどかぶれたりしません。風味も質感もいい。よく考えたら桜の葉っぱしか食べてないから、確かに桜餅の味になるなって納得しました。そのときに、生き物は食べて食べられながらまわりまわっていて、その輪のなかに自分も生きているって感じられたのが嬉しかった記憶があります。

せいこう:でもさ、「俺も食べるんだ」っていう友だちはいなかったんじゃない?

篠原:ひとりもいなかったです。幼稚園に虫を捕まえていくと、先生から「汚いから持ってくるんじゃありません」と叱られて。虫はよくないものなのかなって薄々感じて、食べていることなんて話せませんでした。

最初の仲間は国連、19年の思いをカミングアウト

せいこう:毒に当たったりしなかった?

篠原:それも楽しかったです。ヤスデを食べたときすごくピリピリする刺激があって、これはそういう毒をもっているんだとか。

せいこう:ヤスデとかよく食ったなあ!!!

篠原:図鑑にはヤスデがどういう毒性をもっていて、人体にどんな反応が出るかまでは書かれていないので、食べて体感していくなかで自然とひとつになれた感じがします。

せいこう:そうか、確かにそういう視点の図鑑はないね。メジロがやたら好きな虫とかさ、鳥によっても好みがあるはずで、その情報だけでも自然がよくわかる。僕は六十になるからそんなに虫を悪く言ってこなかった世代かもしれないけど、あるときから世の中が「虫=不潔」になってきたんだよね。

篠原:ゴキブリも昔から害虫だったわけではなくて、つくられた側面があります。メーカーとしては、殺虫剤を売るには対象の虫を汚いと言わなければならないですから。

せいこう:仲間にはいつ出会ったんですか? 

篠原:最初の仲間は国連でした。19歳のころに、世界的に食糧難になっていくなかで昆虫が救世主になるっていうレポートをFAO(国連食糧農業機関)が発表したんです。それが世界中にインパクトをもって報道されて、大義名分を与えられた感覚がありました。

せいこう:虫には可能性も未来もあるんだし、公にしていいんだって思えたんだ。まず誰にカミングアウトしたの?

篠原:最初は昆虫食を推薦する記事をSNSにシェアするようなかたちでした。僕もちょっと食べるんでわかるんです、みたいな。

せいこう:肯定してくれる人が出てきた?

篠原:最初はほぼいなかったです。よくわかんないとか、気持ち悪いとか……。

せいこう:弾圧を受けちゃったんだ。

篠原:結構な覚悟で19年間の思いをカミングアウトしたんですけど、前言撤回しようかとも思いました。でも、一部の人から「小さいころに食べたことがあって興味があります」など連絡をもらって、一緒に山に行き食べられる虫を案内し始めました。

せいこう:おいしいものの宝庫なわけだ。

篠原:はじめは食べてもらえただけで嬉しかったんですけど、徐々においしく食べてもらいたいと思うようになりました。それまでは素材のまま味わうのがいちばんで、料理するなんて野暮だって思ってたんですけど。

せいこう:捌いてそのまま食べるスタンスから、醤油に混ぜるといいっていう発想ができるようになったんだ。

転機は「コオロギラーメン」

篠原:でも僕は料理が全然できませんでした。それでSNSを通じて呼びかけて、好奇心旺盛な料理人の方たちと実験的にいろいろな虫の料理をつくるようになったんです。いちばんの転機は、ラーメン凪さんと共同開発した「コオロギラーメン」です。コオロギで出汁をとっているのですが、お店に行列ができるほど反響が大きかった。

せいこう:出汁ならビジュアル的にも食べやすそう。コオロギは味が断然いいの?

篠原:エビや煮干しに似てるといわれます。ただ最初からコオロギでと決めていたわけじゃなくて、20~30種類の虫で試作しました。出汁がとれない虫もいれば、苦味が出ちゃう虫もいて。コオロギはペットのエサ用に養殖されていたので入手もしやすく、日本人にとって鳴き声が美しい秋の虫なので、嫌悪感の小さい素材かなと思いました。

せいこう:出汁は生から?  炒めてから? 

篠原:軽く乾燥させたものを乾煎りしてからとっています。コオロギがおもしろいのは雑食というところ。肉も野菜も果物も魚も食べるので、エサ次第でコオロギの味が変わるんです。廃棄分のユズを与える「徳島コオロギ」は、柑橘の香りがほのかにします。

せいこう:味が移るんだ。牛にスダチを食べさせたりもしているもんね。

篠原:そのコオロギ版です。虫のほうが消化構造が単純なのでより味に反映されます。捨てるものをエサにすることで廃棄も減り、いい循環にもつながっていきますね。

せいこう:協生農法(生物多様性の循環を用いた農法)でも虫の役割は大きいだろうね。

篠原:虫を食べることは機能性や環境負荷の低さで注目されています。でもその文脈だけだと「資源に限りがあるから虫を食べよう」とか、消去法の代替策として語られがちです。好きな身としては少し居心地が悪くて。それより純粋に素材の味をおもしろがって無理のない範囲で使えば、もっと豊かな選択肢になっていくのではないでしょうか。

Japanese Fika Table

Tea | サクラケムシのフンのお茶と、カイコのフンのお茶
鮮度のよいものを収穫し丁寧な乾燥と熱処理を加えたフンを5分ほど煮出して飲む。黒っぽいのがサクラケムシ、緑色が蚕のフン。カップ:寺崎彩子、渡辺隆之作

Sweets | タガメシロップがけかき氷
洋ナシのような香りのシロップは篠原さんがタイの市場で買いつけたタイワンタガメから抽出したもの。香りの成分はメスを誘うために発するオスのフェロモン。器:野口悦士作

Flower | 虫っぽさを感じる風景
クモのような特徴的な造形で、熱帯アメリカ原産のラン「ブラシア」。テーブルに敷いた葉は「カラテア」。花器:中野加奈子(Birbira)

地球少年 篠原祐太 Yuta Shinohara
1994年、東京・八王子市生まれ。慶應義塾大学卒業。昆虫食歴23年。自宅から高尾山が近く、幼少期から川や山に行ってあらゆる野生の恵みを味わってきた。大学在学中から食べられる虫を紹介する他、素材にした料理を提供するイベントを主催。2020年に虫や野草、ジビエが味わえる地球食レストラン「ANTCICADA」を日本橋に開店。「タガメジン」「コオロギ醤油」「コオロギビール」などの商品開発も。


いとうせいこう
1961年、東京都生まれ。作家、クリエイターとして、活字・映像・舞台・音楽・ウェブなどあらゆるジャンルにわたる幅広い表現活動をおこなっている。近著に『自由というサプリ 続・ラブという薬』(星野概念との共著、リトル・モア)がある。

text | Bunshu photography | Atsushi Yamahira Flower | Chieko Ueno (Forager)