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Japanese Fika

いとうせいこうと
東西が融合した新・茶会 

vol.3 作家 温又柔

“Fika”とはスウェーデンの習慣で、コーヒーやお茶を飲むブレイクタイムのこと。いとうせいこうさんが亭主を務め、お茶とお菓子とお花で客人を迎えます。
第3回の客人は作家の温又柔さん。小説をめぐるいとうさんの考え方にとても勇気づけられたと語る温さんとは、台湾のお茶時間やオードリー・タンの話題から、やがて熱い文学談義へ。

08/04/2021



温さんとは浅草時代にご近所でした。お互いの時間がそれぞれを深めていて、久しぶりだったけど話にたくさんの花が咲いた!

ーいとうせいこう



台湾のお茶は目上の人がみんなに振る舞う時間

温:台湾だとお茶にこだわる人って男性に多くて。老賢人みたいなおじさんが、自分の子どもたちとかお嫁さんに振る舞うっていうのをよく聞きます。

せいこう:子どもにも振る舞うんだ?

温:嫁や娘を喜ばすのが男らしいんだって、親戚のおじさんが嬉しそうにうんちくを語ってくれました。

せいこう:へえ、素敵な考え方じゃない? 目上の人がみんなに振る舞う場がお茶の時間ということなんだよね。

温:日本では若い女性というか目下の人が一所懸命やるイメージだったので、おじさんが偉そうにお茶をいれている姿が新鮮でした。

せいこう:茶碗はあの、ちっちゃいやつ?

温:はい、杯みたいなちっちゃいやつ。茶盤の上に、茶碗とか急須とか器がいっぱい並んでいて、しゃべりながらずっと器にお湯をかけていて芸術的でした。

せいこう:お茶の地位が高くて、おいしいお茶を振る舞えば振る舞うほど尊敬されるってことだよね。その場はワイワイしていいの?

温:緊張してというよりは、くつろいでいなさいっていう感じです。

せいこう:家族の他は招かない感じ?

温:誰でも招かれたら一員みたいになって、いとこの元カノがいたりします。台湾では、結婚式がそんな感じです。日本だと事前に出欠を決めますが、台湾だと当日に「友だちが結婚するからおいでよ」というノリ。

せいこう:本当にパーティなんだね。

温:ご馳走を一緒に食べたほうが新郎新婦にも福がもたらされるから多いほうがいいよ、という感覚です。祝ってもらうんじゃなくて、祝ってくれる人に振る舞うんです。

せいこう:そういう部分が、たとえば今回の新型コロナでもさ、台湾の対応はすごくよかったじゃない? こういうときにチャリティマインドが働くっていうのは、そういうコミュニティができている社会ってことだよね。

温:確かにそうかもしれません。コロナが流行りだすと、台湾でもマスク不足に陥ったのですが、IT大臣であるオードリー・タンはマスクを買い占めできないシステムをつくっちゃうんですよね。それで国民同士によるマスク争奪戦を事前に防ぐ。ああいう人を大臣に抜擢する台湾はすごいなと思います。

せいこう:それと、ニュージーランドとか北欧とか、コロナにうまく対応した国に共通しているのは、しつこいぐらい毎日毎日説明するっていうことだよね。台湾もそうでしょ。その説明力はどこからきているの?

温:異質な人たちを束ねているっていう意識がすごい強いからかなって想像しています。自分と違う考え方や歴史をもっている人と隣り合って暮らしているから、説明しないと理解し合えないのが大前提。オードリー・タン個人ももちろんすごいけれど、ああいう方がその才能を十分に発揮できる土壌が台湾にはあるということの意味もやっぱりすごく大きい気がします。

せいこう:こういうときでも希望があるっていうことを、オードリー・タンを引き上げた人たちが見せてくれたんだよね。

いとうせいこうの影響を最も受けている現役作家

温:日本はやっぱり、みんな同じ意見が当たり前という空気が強い。他の人と違った意見を言っても、もみ消されたり。特に私みたいな、外国にルーツがあって、しかも女性という立場は、厄介者扱いです。最近はもう、ノイズ扱いされるのは大歓迎だぞ、と感じてます。ノイズでありたいと願うのは、まちがいなくいとうさんの影響ですね。わたしは現役の小説家のなかでは自分が最もいとうさんの影響を受けてるんじゃないかなと自負してます。

せいこう:偉い! それは趣味がいい。

温:日本文学の多くは日本人しか出てこないので、わたしはずっと日本人のふりをしながら小説を書いてたんです。でも、いとうさんと奥泉光さんの『文芸漫談』を読んだら、小説や文学ってなんて自由なんだと。だったら好きなことを書いちゃえ、と解放されました。

『鼻に挟み撃ち』も『小説禁止令に賛同する』も、小説はもっと自由でいいと背中を押してくれました。政治的なことは言うなとか歴史は書くなとか、そもそも誰が決めたことなのって。小説というか日本の純文学としては、やっちゃいけないって思い込まされてきたいろんなことを、いや、やってもいいんだよ、やろうぜ、といとうさんは教えてくれます。「今井さん」(『鼻に挟み撃ち』に収録されている掌編)もすごいですよね。

せいこう:あの変な小説ね。

温:あの小説にあるように、声や音って、なかなか奔放で、必ずしも文字でピタッと表現できるとは限らない。だから本当は「今井さん」が変なのではなくて、あれが普通なんですよね(笑)。私は多和田葉子さん(小説家、詩人。ドイツに移住し、日独両言語で執筆)やリービ英雄さん(小説家、日本文学者。アメリカ生まれ。母国語ではない日本語で創作)にも影響を受けましたが、おふたりも文字と音声の関係にかなり敏感です。

せいこう:日本語じゃないものとの混合を考えざるを得ないところにいる人たちだよね。自分は日本語しかできないけど、僕も日本語のなかにあるノイズをうまく生かしてやろうと思ってる。じゃあラップにしちゃえとか。

東アジアにもクレオールがある

温:私の場合は書くといえば、日本語じゃなきゃいけないみたいな感覚がありました。

せいこう:異言語のなかにいた自分を無視せざるを得なかったっていうことだよね。

温:検閲をしてたんです。自分が台湾語や中国語で経験したことを、日本語の小説として書くなんて不可能だと思ってましたから。

せいこう:どの言語で書いても文法が一直線に続いていくのは言語だからしょうがなくて、しゃべることも時間が伴うから同時にふたつの言語は扱えない。でも、ふたつ言えるじゃないってやろうとしているのが多和田葉子さんであり、平安の和歌。僕は今、ここに興味があって能を訳しているんだけど、ひとつの単語に3つくらいの意味があるんだよ。

温:私は自分の経験を掘り下げると日本語で経験していない時間のほうが長くて、それが音として自分のなかに流れ込んできたんです。「温又柔」という名前であるのと同時に、「ウンヨウロウ」という音があります。これはすごくおもしろい素材なんですが、わかってくれる人が意外に少ない。ひとつの文字のなかに複数の意味を滞在させようと意識的にやっても、読み手にとってはなんか変わった日本語を書いているね、で終わったり。でもいとうさんの小説を読むと、まちがっていないって思えるんです。

せいこう:僕も完全には成功していないんですけどね。『解体屋外伝』ではサイバーパンク(ハイテク化が進んだ未来社会を描くSF小説の潮流)の文体を利用しているんだけど、日本語はルビがふれるっていう発想で書いたもの。多和田さんなら韻を踏むことで言おうとしているよね。でも温さんのように台湾の言葉、中国の言葉、日本の言葉っていうミックス具合は、今までないでしょ?

温:あっても植民地時代の人たちが日本語で書いていたぐらい。彼らは当時も日本文学の「亜流」として扱われたり、戦後の台湾でも日本語で書いたために台湾文学とはみなされなかったり不遇なんです。そんな彼らの無念を晴らしたいみたいなところもあります。

せいこう:無念を晴らせるじゃん。東アジアにもクレオール(混成語)はあるんだよ。

Japanese Fika Table

Tea | 台湾茶席「蓮月庭」の梨山蜜味碳焙、頂極大禹嶺
どちらも自然栽培で、梨山蜜味碳焙は蜜のような、頂極大禹嶺はすっきりとした味わいが特徴。
急須:林志保作、カップ:Shino Takeda作、皿:額賀章夫作。

Sweets | SunnyHillsのりんごケーキDAYLILYのドライフルーツ他
SunnyHillsは台湾名物のパイナップルケーキ専門店で、今回は新作をチョイス。DAYLILYの砂糖漬けのローレルと山査子スティック、蓮月庭のドライマンゴー。

Flower | 台湾の空気を感じる熱帯の風景
熱帯アメリカ原産のベニノキに、カトレアの仲間のカトレア・サンタバーバラサンセットを組み合わせて華やかさを。花器はNY在住の陶芸家、Shino Takeda作。

作家 温又柔 Wen Yuju
1980年、台湾・台北市生まれ。3歳のときに家族と東京に移住。台湾語混じりの中国語を話す両親のもとで育った。2009年、「好去好来歌」ですばる文学賞佳作を受賞し文壇デビュー。15年『台湾生まれ 日本語育ち』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞、17年『真ん中の子どもたち』で芥川賞候補になる。他『来福の家』『空港時光』、エッセイ集『「国語」から旅立って』など。最新作に『魯肉飯のさえずり』がある。


いとうせいこう
1961年、東京都生まれ。作家、クリエイターとして、活字・映像・舞台・音楽・ウェブなどあらゆるジャンルにわたる幅広い表現活動をおこなっている。近著に『自由というサプリ 続・ラブという薬』(星野概念との共著、リトル・モア)がある。

text | Bunshu photography | Atsushi Yamahira Flower | Chieko Ueno (Forager)