お茶は今も進化している生きた文化です
オスカル:今日のお茶はかなり独特で、静岡市の丸子で育てられている「近藤早生」です。つくり方はオーソドックスな煎茶なんですが、インドの遺伝子が入っているチャノキの一種で、花のような香りがする紅茶っぽい不思議な茶葉です。
せいこう:古くからある品種なの?
オスカル:30年ほど前にできた品種です。ただ、こうやって単一品種のお茶が出まわり始めたのは、20年ぐらい前から。それまでもお茶の品種はいろいろありましたが、複数の品種をブレンドして販売されてきました。ワインのモノポールのように単一品種のお茶を楽しめるようになったのは、つい最近になってからなんです。
せいこう:お茶の世界も新しいことになっているんだね。
オスカル:お茶というと、茶道とか戦国時代とか古い時代を思い浮かべる人が多いと思うんですけど、今も進化している生きた文化です。数年前まではなかった品種ができていますし、これから数年後、数十年後も新しいお茶が出てくるでしょう。
苦みと渋みの奥にある、さわやかな森林の香り
――まずは、一煎目。煎茶といえば渋みや苦みを抑えて旨みや甘みを引き出すために、湯冷ましで湯温を下げたお湯でいれるのがふつう。でも、オスカルさんは沸騰したての熱湯を急須に注ぎます。これには、いとうさんも「苦くならない?」と驚き。
オスカル:お湯が熱い分、茶葉を極端に減らします。今回は2gぐらい。量が少ないため苦みも渋みも旨みもトータルで少なくなりますが、あっさりした味わい、ワインの用語を借りればとライトボディな味わいになるんです。フローラルな香りの強い茶葉なのでフレーバーティーと勘違いする方もいらっしゃるんですけど、どうでしょう。
せいこう:うん、日本茶っぽくないね。味わいがいい混ざり具合。おっ、苦みがすごく後から来た!
オスカル:でも苦味はそれほど強くはなくて、優しい。冬の寒い朝とか、夏の冷房が効きすぎた部屋とか、そんなときはこういうアツアツがいいですよ。このいれ方だと、チョコレートとか洋菓子とも合うんです。茶葉を少なくすれば紅茶と同じように熱湯で構わないので、海外の人でも簡単に日本茶がいれられます。
せいこう:オスカルさん自身は、子どものころに日本茶と出会ったの?
オスカル:高校の世界史の授業で明治の近代化について学んで、日本文化や茶道に興味をもったのがきっかけです。「緑色の葉っぱ」に何か特別な魅力があるはずだと思って、近くのお茶屋さんで煎茶を買ってみました。紅茶と同じようにいれたので、本当に苦くて渋くて……。でも100g入りだったので、残りの茶葉を捨てるのはもったいなくて飲み続けていました。そのうちに、三度目か、四度目か、苦みと渋みの奥にある、さわやかな森林を思わせる香りに気づいたんです。
森から出るダシだね
――それからは「日本茶が好きになりすぎて」と、日本の大学に留学、さらに日本で働きながら日本茶インストラクターの難関資格を取得するに至ります。オスカルさんは、日本茶の数ある魅力のなかで、とくに「いれ方に自由さがあるところが楽しい」と言います。そこで、最初と趣向を変えて、茶葉を急須いっぱいに、氷水で入れる方法を披露してもらいました。
せいこう:おお、多いね。すごい茶葉の量、贅沢だね。でも、水は茶葉が浸るぐらい。これしか入れないの?
オスカル:初めて見ると、この人、ケチなんじゃないかって思われるかもしれないんですけど、逆で日本茶の贅沢な楽しみ方のひとつです。お茶碗に注ぐとき、ほんの数滴しか出ないんですが、旨みと甘みが口のなかで爆発的に広がっていきます。氷水を注いでから3分くらい待ちます。
せいこう:そうか、蒸らさなくていいから急須の蓋をする必要がないんだね。
オスカル:お茶は「見るものにあらず飲むもの」とよくいわれますが、このいれ方だと茶の葉が開いていく状態も見ることができて、きれいですよね。日本茶じゃないとできないんです。
せいこう:紅茶は水ではいれられないもの?
オスカル:ただ薄くなってしまう感じです。紅茶らしい香りと渋みを引き出すために、熱湯が必要になります。でも、日本茶は旨み成分が含まれているので、ダシっぽいというか、旨みが強調されます。ものすごく濃いお茶なので、ゆっくり味わってください。
せいこう:旨みがすごい。うん、たしかにダシだね。森から出るダシだ。
オスカル:少し氷水を足して……、二煎目もどうぞ。
せいこう:あれ、また味が変わった。草原が来た! 高く積まれた藁のような感じがする。
オスカル:初めにいれたのと同じ茶葉です。でもいれ方やいれる回数が変わるだけで、こんなに味わいも違ってくるんです。
お茶には一生があるんじゃん!
せいこう:この茶葉が人間だとしたら、変化があるよね。少年から青年になって、おじさんだったり、おじいちゃんだったりするわけじゃない? 一生があるんじゃん。
オスカル:日本茶は、私の母国の習慣、フィーカとも相性がいい。一煎目、二煎目、三煎目と煎を重ねるごとに味が変わっていき、時間をかけて飲めるので、無理せずに自然にフィーカの時間を演出できると思います。
せいこう:フィーカがあると、どういうよさがあるの?
オスカル:かしこまった感じじゃないぶん、普段できない話ができます。フィーカの時間は職場にも設けられていて、会議ではできないような、「こうすればどうですか」とか「ふと思ったんだけど」とか、気軽に話すことができます。友人とのフィーカなら世間話や恋愛相談をして、ある意味ストレス発散にもなっているんじゃないかなと思います。
すごくフラットでデモクラティックな場なんだ
せいこう:フィーカがないと、自分だけの世界になっちゃう。すごくフラットでデモクラティックなコミュニケーションの場なんだね。僕は原稿を書く前とか、エンジンをかけるときにブレイクタイムを入れるんだけど、小休憩をどのくらい上手に使えるかによって、意識というか、人間が変わると思う。
オスカル:気分転換になりますよね。日本茶はいれるプロセスも楽しめます。
せいこう:それにしても三煎目、四煎目になってもまだまだいけるね。
オスカル:はじめのうちは旨みと甘みが出て、それがなくなっていったら、今度はさわやかな渋みと上品な苦み、あと香りも強くなっていくんです。
せいこう:おじいちゃんになったときのほうが香りが強くなってくるの!? すばらしいことじゃない。そうありたいね。
Japanese Fika Table
Tea | 「THE FIRST 近藤早生」(Oscar Brekell’s Tea Selection)
静岡市丸子地区のみで栽培される、1シーズンに40キロしかできない貴重な品種。急須はオスカルさん愛用の愛知県常滑焼の名工・磯部輝之作。
Sweets | ドラヤキワダヤの変わりどら焼き
栃木県小山市にあるどら焼き専門店の「とちおとめ苺ショート」と「ザ☆チョコミント」味。ミントや苺のペーストを練り込んだ白餡は、目が覚めるような色!
Flower | 木漏れ日が差す木陰の風景
初夏に旬を迎えるクレマチスにユーホルビアとベアグラスを添えて。「Forager」の上野智枝子さんによるアレンジ。陶器はNY在住の陶芸家、Shino Takeda作。
日本茶伝道師 ブレケル・オスカルさん
1985年、スウェーデン生まれ。高校時代に日本茶に魅せられ、母国で日本語を習得し、日本茶専門家を目指して来日。「日本茶インストラクター」、「手揉み茶の教師補」の資格を取得し、日本茶輸出協議会勤務を経て、2018年に日本茶ブランド「Oscar Brekell’s Tea Selection」を立ち上げる。現在は国内外で講座やセミナーを開催し、日本茶の魅力を伝える活動を展開中。『ブレケル・オスカルのバイリンガル日本茶BOOK』(淡交社)など著書多数。
いとうせいこう
1961年、東京都生まれ。作家、クリエイターとして、活字・映像・舞台・音楽・ウェブなどあらゆるジャンルにわたる幅広い表現活動をおこなっている。近著に『自由というサプリ 続・ラブという薬』(星野概念との共著、リトル・モア)がある。