毎年初秋に石川県の鞍掛山の谷間にある小さな村、滝ヶ原町で3日間開催されるアート、音楽、フードの祭典「ishinoko」にはたくさんの人たちが集まってくる。フードプログラムのディレクターを務めるアナ・グロンキャ・イエンセンが「人のパントリー」と称しているように、この祭典の主役はここに集まる参加者たちなのだ。
「ishinoko」は、この一風変わった村に住んでいるミュージック・ディレクターのマイルズ・ローレンスと4人の仲間たちが、滝ヶ原町発のフェスティバルを企画しようと思い立ったことから始まった。彼らはマイルズの母国であるイギリスの音楽フェスティバルと日本のお祭りのカルチャーに魅了されていた。今はもう使われていないさびれた採石場や、生い茂る緑の中にある滝ヶ原町の独特の雰囲気は、彼らのイメージするフェスティバルにぴったりだった。コロナで社会の孤立化が進んだため、マイルズたちは、人びとをパンデミックの地獄絵図から救い出し、美しい自然の中で素晴らしい音楽を味わってもらいたいという思いから行動を起こしたのだ。しかしながら、メンバーの誰もが大規模なイベントを主催した経験がなかったので、当然のことながら、問題が多発した。それでも、一つ一つ克服しながら、「ishinoko」を支えるコミュニティの土台が築かれていった。

最初の数年間は、インフラもあまり整っておらず、第1回はDJ用のテーブルさえもなく、キッチンで水が使えないこともあったが、そんな時は、いつも誰かが手を差し伸べてくれて、フェスティバルが中断しないように解決策を見出してくれた。初年の騒音苦情も昔からここに住み着いている住人と移住者との緊張のもとだが、話し合いにより徐々に和らぎ、お互いが協力して、この村独自のフェスティバルとして成立するようになった。これは数年前に村祭りの開催を諦めてしまった住人たちにとって、喜ばしい結果になった。
日本の他の辺境地と同様に、滝ヶ原町も採石業が下火になってからは過疎化が進んでおり、仕事や進学のために村を離れる若者も多い。村祭りの復活と若い人たちの流入は、先住人たちにとって、彼らの伝統を継承できるとともに、より幅広い層に自分たちの文化をアピールできるまたとないチャンスとなった。しかし、「ishinoko」は、過去の祭りの焼き直しではなく、この村の魅力をこれまでと異なる視点から捉えたまったく新しいフェスティバルだ。この4年間で、滝ヶ原町を訪れた観光客は、住人と友情を育み、コミュニティーを形成していった。「ishinoko」がきっかけで、石川県に移住してきた人もいるし、この村で恋に落ちて、結婚したカップルもいる(3回目のフェスティバルでは結婚式も行われた)。このような家族的な雰囲気がフェスティバルを活性化しており、最初は一握りの参加者だけだったが、昨年は延べ人数1,300人以上もの参加者がこの地に集結した。地元のコミュニティーは、滝ヶ原ishinoko実行委員会を組織化し、74歳のショウズさんが委員長を務め、フェスティバルのより円滑な運営に努めている。



フェスティバルのフードプログラムであるishinoko kitchenを運営するアナは、この相互成長の過程こそがフェスティバルの存在意義であると考え、この展開をフードに反映させるように尽力してきた。 デンマーク人のアナは、4年前からこの地に移り住み、 親切な住人のおかげで、食べられる野草についての知見を深めた。フェスティバル当日は、地元のハンター、さくらが捕獲したイノシシや、キノコ、ミョウガ、柑橘類など、地元の旬の食材を使って、世界各国のシェフたちが独自のメニューを提供する。調理された料理は、身体にいいのはもちろんのこと、地元の素材がどのように活かされ、消費されるべきかをあらためて考えるヒントにもなる。





滝ヶ原町は決して広大ではないが、「ishinoko」に参加するために世界各国から人が集まってくる。これまで、カナダ、スウェーデン、ドイツ、フランス、オーストラリア、イギリスなどからミュージシャン、DJ、ダンサーが来日し、インド、デンマーク、ロシア、ドイツから訪れたシェフたちがこの地で腕を振るった。10月12日(土)から14日(月祝)まで開催される今年の「ishinoko」では、より多様なサウンドを楽しみながら、多彩なフレーバーを味わうことができるだろう。
今年もジャンル、世代を超えたさまざまなミュージシャンがこのフェスティバルに出演する。現在売り出し中のオルタナティブ系の日本のバンドや、昨年初出演して、印象的な即興コラボパフォーマンスを繰り広げたトラップ・ミュージシャンのNTsKi、京都の気鋭アーティスト、E.O.Uも引き続き今年も出演する。白山在住の和太鼓トリオ、隼も注目のユニットだ。また、リリースしたアルバムが「今月の一枚」としてイギリスの新聞「The Guardian」でフィーチャーされたアルゼンチンのオーディオ・ビジュアル・アーティスト、QOAも来日する。
フードも充実の内容で、金沢のてんぷら元吉的場のシェフ、的場大樹、自らのルーツの一つである韓国の伝統発酵食品と日本の発酵食品を組み合わせた個性的な料理を供する四代目発酵職人、Kenzo Samuelなどが日本から参戦。海外からは、イタリア人シェフ、トマーゾ・モレーリが来日し、日本の調理技法を巧みに取り入れながら、旬の食材へのリスペクトを表現した料理を供する。
4年間継続するうちに、「ishinoko」は、ライブイベントのみならず、スペシャルなフードメニューが楽しめて、自然と触れ合い、さまざまな人と繋がることができるフェスティバルとしての名声を得ることができた。回を追うごとに、施設、形態にも進化が見られるが、フェスティバルのスピリットは最初からブレがない。主催者の一人であるグレアム・デイビーズは、3日間続くフェスティバルのさまざまなイベントを通じて、参加者が日本の辺境の素晴らしさを発見し、地元の旬の食材を味わい、年齢、言語、バックグランドを超えた人とのつながりを持てればいいと切望している。






「ishinoko」は、一般的な現代の日本のお祭りの形態とはそれほど類似性がないが、コミュニティーを強化する役割を見事に担っている。地元の風土と海外の文化が融合され、虫の声とDJやミュージシャンが奏でる音楽が混じり合う空間の中、誰もがリラックスしながらも、未知のものと出会う喜びも体験できる可能性がある。そして、最も大事なポイントは、マイルズが今年のガイドで書いているように、「すべての殻を脱ぎ捨てて、命あるものとして3日間、この祝祭空間を楽しむこと」だ。

ishinoko festival 2024
開催地:Takigahara Farm(石川県小松市滝ケ原町66)
日程:2024年10月12日(土)〜14日(月祝)
チケット:4,500円 (1日)、12,000円 (3日間) ※15歳未満無料、23歳以下割引などあり
公式サイト:ishinoko.jp
イベント詳細:2024.ishinoko.jp
チケット:ishinoko.square.site