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ノイズのない世界へ

霧島の湧水で淹れたコーヒーを秘境にていただくチャレンジ・ツーリング

 

08/16/2022

鹿児島県霧島市は姶良カルデラの北に位置し、霧島連山と桜島という活火山に挟まれた地質学的にもおもしろい地域である。川床が溶岩の流れた跡であったり、山全体が噴火によって積もった火山灰(シラス)になっていたりと、本土最南端の気候や植生は原始的で、神秘的な場所が日常に点在している。

そんな霧島の自然をツーリング+アルファで楽しめないかと考え、湧水で淹れたコーヒーを大自然の中で飲もう! というチャレンジ・ツーリングを思いついた。今回は普段より霧島の地を愛す「VOILA珈琲」の井ノ上達也さんを誘って出かけることに。

井ノ上さんとともにVOILA珈琲を出発し、市街地から中山間部へ入っていく。

私は、過去に霧島連山の主峰ともいうべき高千穂峰に登頂した際に飲んだコーヒーを忘れられない。その時の豆も、VOILA珈琲だった。霧島、コーヒー、登山。今回はそこに「湧水」と「自転車」がプラスされ、さらにバージョンアップされた。

山道を無言で走る間、コーヒーのことを考えていた。湧水で淹れれば美味しいのではないか? 大自然の中で飲めば、美味しいのではないか? 山道を漕いで疲れていればどうだろう? 井ノ上さんが淹れてくれたら…? 答えは返ってこない。山は静かだ。

いろいろ妄想しながら山道を走っていると、ふと目を向けたところに美しいものが沢山あることに気づく。キラキラと輝く木漏れ日、ふわふわと揺れている木々の葉、何気なく咲いている花、空を舞う落ち葉、苔、そして雲によって変化する光。それらは私に何かを語りかけていた。自分たちが忘れてしまったものがあることを。自分たちが遠く離れてしまったことを。いつの間にかコーヒーのことは忘れていた。

約23kmを走行し、いよいよ湧水のある秘境へ。

市街地から山道、林道、さらに奥地へと進むと辺りは神秘的になってくる。ここで湧水を頂く。自転車から降りると予想以上に足に負担がかかっていたことに気づいた。大出水の標高は約200m。途中休憩を挟んだとは言え、2時間近く走り続けてきたので、体はいい感じに疲労していた。

汲んだ湧水を持ってさらに奥へ。 川床は溶岩でできていて、流れてきた小石たちが、長い年月をかけて滞留したり、同じところを通ってぶつかり、削れ、美しい曲線をつくっている。

東京生まれの私は、この大いなる自然に引き寄せられ、2014年に霧島へ移住した。食物はもちろん、水や空気も美味しいし、温泉は体を癒してくれた。地球と人が共存する上で必要なものが全てあると思った。

もちろん、その思いは今も変わらない。ここは地球であることを感じられる場所。東京にいた頃の私は地球に住んでいることを忘れていたかもしれない。私は直感に従いここに来た。そんな思いとともに川床へ降り立った。

倒木の間に挟まっている3つの石は軽石。水位がここまできたことを伝えている。11月に来たときには、川床には降りられない程の水位があった。おそらく12月頃から梅雨前までは、川床へ降りれるのだろう。

美しい場所はたくさんあるが、人がいないということで自然から包まれている気持ちになれるし、お金では手に入れることのできない本当の贅沢を味わえる。その上、プロのバリスタが淹れたコーヒーをいただけるなんて!

神秘的な場所でのドリップで日常よりも儀式性が高まる。 片膝をついてコーヒーを淹れる井ノ上さんが、コーヒーの神から遣わされた天使に見えた。

この日の井ノ上さんのセッティングは、ウィンドバーナーパーソナルストーブシステム、nalgeneカラーボトル、ドリッパーエアーS、ポーレックスコーヒーミルなど。携帯性を考慮しながら、美味しいコーヒーを淹れるセットだ。豆は「モカ・ノアール」

霧島の大自然、自転車での適度な疲労感、透き通った水や空気。 全てのつながりを感じながら飲むコーヒーは「美味い!」としか言えなかった。

「ノイズのない時間を体験すると、世の中に楽しみが隠れていることがわかります」と井ノ上さん。

「たとえば、コーヒーは香りのカプセル。飲む直前に挽くのはもちろん、挽きたて、淹れたて、また、その行為そのものが世の中のノイズの壁を突き破るための大事な儀式だと思います。 美味しい湧水を汲み、お湯を沸かし、豆を挽き、香りを確認しながらコーヒーを淹れる。贅沢なノイズのない世界で、熱い液体に繊細な唇を近づけた途端にほっとするのです」

「さらに今回使用した電動自転車も音もなく楽に山道を走ることができ、バイクでは感じられない自然との一体感を体験できました」

「最近では情報過多で、経験なしに最適を求め過ぎてしまう傾向も強いと感じます。今回のように悩むよりまずはやってみよう! という気持ちが大切で、パーフェクトを求めず、失敗や反省を楽しめる余裕を遊びに取り入れられる、そんな人に憧れますね」

天気がいいとはいえ、2月。肌寒くなってきたので、コーヒーを飲み干し、帰路に着くことに。帰りは行きとは異なる霧島観光のメインストリートを気持ちよく下っていく。途中、安楽と妙見という二つの温泉郷を通り、市街地へ。今回は、霧島をディープに楽しめるツーリングだった。

忙しい毎日に追われながら生活していると、何気ない日常の風景はただ通り過ぎるだけの「通り道」になってしまう。車より自転車の速度で。自転車より歩く速度で。そして、時には立ち止まってみよう。ノイズのない世界できっと何か気づけるはずだから。



東 花行
東京生まれ。1996年よりフリーランスフォトグラファー。雑誌TOKIONのシニアエディターを3号まで。2004年から2011年までH.P.FRANCE制作部にてフォトグラファー、ディレクターなど務める。2011より再びフリーランス。2014年に鹿児島県霧島市に移住。現在は拠点を鹿児島市に移し、南九州を中心に九州、大阪、東京などで活動。