天草にて、挑戦者たちとの邂逅
次に目指したのは九州本土と5つの橋で結ばれた天草。ここまで車だけで移動を重ねてきたが、天草へは島原口之津港から、天草鬼池港間を結ぶフェリーを利用。無数の小島が浮かぶ海を渡ることで、ちょっと気持ちのリズムが変わるのを楽しむ。
天草は国内有数の伊勢えびの漁場であることから、まずは地元の老舗「丸木水産」で特大の伊勢えびを調達。これをメインの食材に決め、今度は一路、の山をバンで駆け上がる。標高が上がるにつれ、海を見下ろす眺望もダイナミックさを増していく。


なかなかの急斜面が続く山道。この先に馬場照昭さんの畑があるという。通常、畑は広大な平地にあるもの。そんな概念を覆す斜面に、雑草が繁茂する不思議な雰囲気の農地が形成されていた。
「狭い、傾斜、いびつ…ありのままの形でしかできない。そりゃ、区画されてるところのほうが断然効率いいからね」

作物を見せてもらうと、これまた複雑な構成である。2種類のケールにきゅうり、その間に小松菜とラディッシュ。「間がもったいねえから(笑)」と話しながら、土地を無駄なく利用する独特の作付けについて丁寧に説明してくれた。狭い斜面をうまく利用することに加え、馬場さんの手法がユニークなのは、雑草の力をあらためて見つめ直した点にある。数年前、植えていたジャガイモが9割近く病気にやられたことで、微生物によって菌バランスを整える方法を会得。馬場さんは菌のバランスが土の豊かさに大きく影響することを体感し、独学で次々とオーガニックな農法を身につけていったという。

「いっときは微生物を土に入れることで菌バランスを変えてうまくいった。さらに研究していったら、なんで自然界では人の手を借りずに作物ができるのかって思うようになってね。30数年前のことだけど…。だから師匠は自然界の仕組み。それに倣うと、雑草が自然に生えて、葉が落ちるだろ。それが土にかぶさってしばらくすっと枯れ葉は土のなかに入って、それを微生物が分解してくれる。そのサイクルを再現すればいいんだなあと考えてね。もちろんちょっとは草刈りするけど、全部きれいにするなんてことはしない。大事なのは枯らした草を土に入れ込むことなの。土づくりを枯れた葉っぱや根っこに任せるっていうサイクルを守るわけ。肥料っていうのはもっと多く獲りたいって、人間が欲こくから使うわけでね」
雑草を最大限活かすという馬場さんの頭に、肥料という概念はない。効率は悪いが、化学物質過敏症やアレルギーの人でも安心して食べられる野菜づくりが自慢。美しい海を一望にできる斜面の畑で、とびきりオーガニックな野菜をたっぷりもらうことができた。


おいしさの秘訣は雑草の利用と、酵素を混ぜ込んだ土にあると話す
「人の欲が自然のサイクルを壊す」という馬場さんの言葉を反芻しながら、次に向かったのは天草の西海岸。明治40年夏、与謝野鉄幹や北原白秋ら若手詩人5人が歩き、魅了された美しき海の村として知られる場所だ。詩人たちの記録に「町は、葡萄でおおはれて居る」と記されたとおり(紀行文「五足の靴」より)、このあたりの家々はかつて食事の足しとなるよう果樹を庭先で育てるのが当たり前だった。とりわけ、どこの家にもあった葡萄の木は村の風景を象徴するものでもあったのだ。ところが過疎とともにどんどん失われていき、いつしかたった1本残るのみとなってしまう。そこでかつて詩人たちにも称賛された美しい風景を取り戻そうと、地元の有志が結集。たった1本残った葡萄の木から少しずつ数を増やし、今では集落全体で10ヶ所程度の葡萄の木が復活しているという。東京から故郷の高浜町にUターンし、葡萄の棚復活に奔走する清水保邦さんはこう話す。

「ちょっと難しいかもしれませんが、それぞれの家を葡萄の房がびっしり覆うさまを想像してください。そんな風景が普通だったんです、このあたりは。私たちは町おこしの一貫として、少しでも多くの人にこの町に住んでほしいと、葡萄復活のアイデアに参画しました。かつての美しい風景がまた見られるかもしれないと思うと、楽しみでなりません」
そんなストーリーを聞きながら、清水さんが差し出してくれたのは「高浜ワイン」とラベルの貼られた逸品。高浜の人々が憧憬たっぷりにつくり上げた極上のワイン。日も暮れてきたし、今日はちょっと旅のスピードを緩めてこれをいただきますか。100年以上も前の葡萄で覆われた美しい漁村を想像しながら、波の音をバックにワインを一杯。まったく、長くて心地いい夜になりそうだ。


SPOT LIST
丸木水産
熊本県天草市天草町下田北1237-6
天草段々畑の夢野菜
熊本県天草市五和町二江3128-2
福田果樹園
熊本県天草郡苓北町志岐1355-2
TEL: 0969-35-0859
吉永製パン所
熊本県天草市牛深町1124
TEL: 0969-72-3418