バーナーに火を点けると、青い炎が轟々と燃え上がった。
ここは、ネオン職人の高橋秀信さんが、横浜の新山下に構える工房。高橋さんのようなベテランのネオン職人は、今や日本では貴重な存在だ。

若い頃、高橋さんは生まれ育った横浜、本牧の街を華やかに灯しはじめたネオンサインの輝きに魅せられた。20歳になった高橋さんは、蒲田のネオン工房に弟子入りし、12年間修行を積んだのちに独立、「Smile Neon」を創業した。現在も伝統的な技法を守りながら、新たな技術を開発している。
「長い間ネオンサインの製作をしていますが、毎回新しいものを作っていると思いますし、作るたびに学ぶことがあります。これは終わりのない旅のようなものですね」

規模の大小を問わず、彼はひとつひとつのプロジェクトを、お客様とのクリエイティブなコラボレーションだと考えている。まずは細かいディテールも含めて、ネオンの設計図を作成。次に、大型と小型のバーナーを使い分けながら、繊細なニュアンスでガラス管を成形していく。
曲げた部分が平坦になりすぎないように、ガラス管に空気を吹き込みながら作業を進める。ここで成形が完成したらガラス管は冷却され、その後排気が行われる。ガラス管の中が完全に真空になったら、不純物を高電圧で焼いていく。排気が完了したらガスを注入し、電気を流せばネオンサインの完成だ。技術力と忍耐力を求められるハードな仕事だが、高橋さんはとてもやりがいを感じているという。
「ガラス管を曲げているときは、無心になれるんです。瞑想状態というか… 無の境地に入っている感じです」


高橋さんの工房では、’90年代のヒップホップが流れ、敬愛するノーティー・バイ・ネーチャー、ボブ・マーリー、スヌープ・ドッグマーレーなどをモチーフにした自作のネオンが飾られており、冷蔵庫には、40オンスのオールドイングリッシュ 800 がぎっしりと詰まっている。
この工房は、高橋さんのデザインするネオンの美学がそのまま反映されている場所なのだ。彼の一番の自慢アイテムは、ローライダー仕様にカスタマイズした仕事用のピックアップトラックだ。

どこか懐かしさを覚えるネオンサインのオーダーは、今はそれほど多くはないが、高橋さんはレトロチックな昭和の美しいデザインに関心を持っている若い世代が増えてきていることを実感している。
最近は、アーティストの長場雄、Brooklyn Brewery, B by Brooklyn Brewery, Freaks Store, SONY, Messika , COACH, Backside Works., Brooklyn Roasting Company のためにオリジナルのネオンサインを製作している。

ネオン職人として独立するまでは、ある程度の時間が必要となるので、高橋さんは工房をネオンの製作を学びたい人に開放し指導することも考えている。それまでは、社名の通りいつもスマイルを絶やさずに、クールなネオンで街をカラフルに彩っていくことだろう。