Connect
with Us
Thank you!

PAPERSKYの最新のストーリーやプロダクト、イベントの情報をダイジェストでお届けします。
ニュースレターの登録はこちらから!

Freediving in Amami’s Aqua Blue

クジラの歌声が、響きわたる海で

ひと呼吸、身体ひとつで、蒼い海の深くまで。フリーダイビングとは、極限状態のなかで自分の心身と向き合い、己を高めていく特殊なスポーツ。その愛好家たちの間で、近年じわじわと注目度が上がっている場所が奄美だ。

08/16/2022

フリーダイバーたちが魅せられる島

息を止め、身体ひとつで海深くへ。潜水中は瞑想状態に近く、海と一体となったような感覚を味わえるスポーツとあって、近年、フリーダイビングを愛好する人がじわじわと増加中だ。まるで海の生き物のように水中を自在に泳ぐ彼らは、競技とはまた違う至福の瞬間を求めて、奄美にやってくる。

日本代表として世界大会にも出場していたフリーダイバーの武藤由紀さんも、そのひとり。フィンを使って潜るコンスタント・ウェイト・ウィズフィン(CTW)という競技で、深度62mという公式最高記録をもつ彼女が、奄美に通うようになったのは6年ほど前から。友人に誘われてホエールスイムに参加したことをきっかけに、毎年のように奄美の海に足を運ぶようになったそうだ。

浮上中の武藤由紀さん。海と一体となる至福の時間だ。

「以前、御蔵島でイルカと泳いだことはありましたが、クジラはイルカとはまた違う存在。自然そのものの象徴というか、ちょっと超越したものを感じる。受け入れるしかないものの象徴であり、圧倒的な存在。そこに惹かれました」 葉山在住であり、世界の海を知る武藤さんにとっても、奄美は特別な魅力を放つ場所なのだという。

「海だけでなく、人、食、自然すべてを含めたひとつの島として、とても魅力的な場所。奄美は調和がとれた島なんですよね。海と山も、大自然と人の営みも、すべてが調和している気がする。素朴で手つかずなところもいい。フリーダイビングは、人工的なものを極力なくして身ひとつで行いますが、その感覚とすごくマッチする気がするんです」 海でも陸でも、まさに水が合う感覚。そんな居心地のよさに惹かれて奄美に移住したフリーダイバーもいる。

東京出身のARISAさんは、アジア各国でフリーダイビングの経験を重ね、2019年にインストラクター資格を取得。その後、バリに移住してフリーダイビングを教える予定だったものの、コロナ禍で断念。海を求めて国内を旅し、たどり着いた奄美が気に入って、2021年に移住したという。移住先に奄美を選んだ理由は、やはり第一に、海のすばらしさだった。

笑顔が爽やかなARISAさん。勤め先の魚屋さんはすぐ目の前。

「奄美の海は、世界に誇れる美しさ。穏やかな大島海峡で潜ることが多いんですが、静かななか鳥の声だけが聞こえてきて、本当に気持ちがいい。フリーダイビングのフィールドとしてはまだまだ未開拓ですが、こんな環境で潜れる海を、私は他に知りません」

フリーダイビングは、精神状態がそのまま結果に反映されるスポーツだ。息ができない極限の状況下で、体内の酸素を無駄に浪費せず、安全に潜るためには、心の平穏が何より重要になる。そのためにはトレーニングのときだけでなく、普段の生活すべてを心地よく整える必要があり、その暮らしを紡ぐ場所として奄美は最適なのだとARISAさんは語った。

「私生活全部が影響するので、私は今、完全にストレスフリーというか、仕事もプライベートも好きなことしかやっていません。食事にもこだわっていますが、野菜なら近所の人にもらったり、魚だったら自分で捕ったり、奄美では、身元がきちんと明らかになっている食材が手に入りやすい。すごく恵まれた環境にいると思いますね。東京にいたころは、会社員として真逆の生活を送っていたから、すごいストレスで。もう戻れない」

フリーダイビング講師を務めるかたわら、「魚の捌き方を学びたい」という動機から、奄美大島で創業100年を誇る老舗の魚屋で働いているというARISAさん。さらにトレーニングの一環も兼ね、素潜り漁も経験。そして休日は奄美の海に身を浸し、海深くに潜っていくという日々。心と身体が喜ぶ心地いいことづくしの生活は、フリーダイビングのためであるのと同時に、フリーダイビングのおかげである、と実感しているそうだ。

「フリーダイビングって、海のなかを見るのではなく、自分の内側を見るものなんです。だから、潜っているときがいちばん自分と向き合える時間なんですよね。フリーダイビングを始めたことで、自分のことをどんどん知ることができた。そこが、いちばんの魅力です」

美しい海に潜りながら、自分という深い海に潜る。そんなかけがえのない時間を、今日も、この島のフリーダイバーは堪能している。

スキンダイビングで、彩り豊かな水中景観を楽しむARISAさん
Photography | Yayoi Arimoto (portrait) Photo Courtesy of | Arisa, Yuki Muto Text | Yukiko Soda