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Freediving in Amami’s Aqua Blue

クジラの歌声が、響きわたる海で

冬の海、冷たい水に身を浸すと聴こえるのは、 オスのザトウクジラが奏でる神秘的な歌声。はるか北の海から 数千キロの旅路を経て、奄美の海へ。ここは、ザトウクジラたちの生まれ故郷。 そんな恵み豊かな海に魅せられる人たちを訪ねた。

08/12/2022

ここは、ザトウクジラの生まれ故郷

童話の世界か、あるいは、遠国の海か。ひと昔前なら、なかなか手が届かなかった「クジラと泳ぐ」という夢。そんななか、この10年足らずの間でその夢を叶えられる最も身近な場所になったのが、奄美大島だ。

はるか北方にあるアリューシャン列島やベーリング海などの冷たい海域。そこから数千キロもの旅路を経て、ザトウクジラたちは毎冬、繁殖と子育てのために日本の南西諸島を訪れる。かつては沖縄周辺の海域で観察されるのが主だったが、この十数年で、ここ奄美でも目撃される個体数がぐんと急増。日本、いや、世界屈指といえるほどのホエールウォッチングスポットになった。

潮通しがいい大島海峡は、多種多様な珊瑚の宝庫
固有種をはじめ、独自の生態系が海のなかにも広がる

奄美大島の最南端、瀬戸内町にあるダイビングショップ「アクアダイブ コホロ」の太田健二郎さんは、その経緯を最前線で見続けてきたパイオニアのひとりだ。 

「冬場はダイビングガイドの仕事がなかったんですが、クジラに会いたくて、個人的に船を出して見にいっていたんです。燃料費がかかるから、魚釣りをして燃料費の足しにして。それが、20年近く前。水面でごろごろ遊んでいるときもあれば、目の前でジャンプをしてくれたりすることも。そういう姿を見るのが楽しみで、雨の日でも毎日、海に出ていたのが原点ですね」

早朝、出港前に。「アクアダイブ コホロ」の太田健二郎さん

ツアー化したのは、クジラの数が増えた10年ほど前で、その後もクジラは年々増え続けているそう。あらゆる環境問題が取り沙汰される昨今。一時は絶滅危惧種だったクジラの数が増えるという、めずらしく朗報ともいえる事象のからくりは、どこにあるのだろう。

「世界中で捕鯨が停止されてから数十年経ち、個体数が回復してきたからだと考えられています。ザトウクジラは、1〜3年の周期で1頭ずつ出産するので繁殖能力が高く、さらに捕食能力も高い。ここにいる間は絶食状態で子育てや繁殖をしますが、夏の間は北の海でオキアミなどをたらふく食べています」

奄美クジラ・イルカ協会の発表では、2022年の奄美大島周辺海域におけるザトウクジラの出現頭数(3月31日時点)は、昨シーズン比160%増の1080群1750頭にも上った。

1960年代に各国で捕鯨停止が始まって、約60年。かつては、ここ奄美でも捕鯨があった歴史を踏まえると、本来の分布域を取り戻したという見方もできるが、その回復力にはやはり驚きと感動を覚えざるを得ない。

穏やかな大島海峡とその外海で見られるザトウクジラ

そんなわけあって、シーズン中は高確率でクジラと会える奄美の海。そんな海に魅了され、毎冬、足繁く奄美を訪れるリピーターたちも増えているという。太田さんのツアーの常連で、クジラ撮影をライフワークにする中村佑史さんもそのひとりだ。奄美を訪ねるようになって7年。きっかけも目的もクジラひとすじという中村さんは、クジラと泳ぐという特別な体験について、このように語る。

「水のフィルターで最初は霞んで見えたシルエットが、だんだん近づいてきて間近に迫ったとき、その姿に神々しさを感じます。スケールの大きな生きものだけど、同じ哺乳類だからか人間に近いようなものも感じたりして。親子クジラの仲睦まじい様子などは、本当に心があたたまりますね。初めてクジラに会ったときと変わらない感動と新鮮さが毎年あるし、クジラたちも毎年帰ってくるから、違う年に出会った子にまた会えるという歓びもある。僕自身、里帰りしているようなものなんです」

ザトウクジラとの邂逅は、水中だけでなく、水上からでも楽しい。体長約13mにもおよぶザトウクジラは、その巨体が映えるような圧巻のアクションを披露してくれるからだ。たとえば、水面から宙に飛び出す「ブリーチング」、仰向けになりパタパタとヒレを動かす「フリッパーフロップ」、潜水するときに尾ヒレを持ち上げる「フルークアップ&ダウン」など、その魅力的な行動パターンは数知れず。

さらに、ドラマチックな恋愛模様も見逃せない。メスのそばで歌い踊るオスの姿や、多いときで10頭以上のオスが集まりメスを奪い合う白熱シーンは、思わず感情移入しながら見入ってしまうことだろう。

そんな具合で、見どころがまったく尽きないホエールウォッチング&スイムだが、20年近く熱を注ぎながら、未だに飽きることがないという太田さんは、「ブロー(息継ぎ)を見るだけでも嬉しい」と朗らかに語った。 「ただクジラがいるだけで、僕は幸せ。今日はよかったですか?と訊かれても、僕としては毎日いいよ、という感覚で。ここのクジラは、みんな奄美大島生まれ。しまっちゅなんですよ。ごはんを食べに出かけて、また冬に戻ってくる。その姿を見るだけでも感動するんです」

Photography: Yushi Nakamura, Yayoi Arimoto (portrait) Photo Courtesy of: Arisa, Yuki Muto Text: Yukiko Soda