東美濃の陶芸カルチャーのいまを発信する「新町ビル」
岐阜県・多治見市にある「山の花」は、「東美濃エリア」のやきものを専門に扱うギャラリー&セレクトショップ。オーナーの花山さんはもともと陶芸家の仲間と陶器のブランドを運営していたが、そのなかである思いが膨らんでいったという。
「東美濃エリアには多くの陶芸家がいるのですが、その魅力を発信する場所がもっと必要だと思ったんです。県外から知人が遊びに来ても、自分が好きな器を紹介できるギャラリーやショップが少ない……。じゃあ自分がやるしかない! と一念発起し場所を探しはじめました」
そんな花山さんに舞い込んできたのが、約20年間も使われていなかった築50年の古いビルを借りられるかもしれないという情報だった。2019年、花山さんはこのビルをリノベーションして、「新町ビル」と名付け、「山の花」をオープン。東美濃エリアの作品だけを扱うことをコンセプトに掲げる「山の花」だが、扱うエリアを限定することに迷いはなかったそう。
「関東で開催された大規模な陶芸イベントに参加した際、ふと目にとまったのが、お隣の土岐市で活動する竹下努さんの器でした。全国の陶芸家の作品がひしめき合うなか、竹下さんの器は良い意味で主張がないというか、見ていて安心できたんです。やっぱり自分はこの地域の作家さんのやきものが好きなんだと再確認させてくれた出来事でした」
竹下さんの作品は「李朝白磁」の製法をベースとした透き通るような白色が特徴。どんな料理にも合う素朴な佇まいが人気で、「山の花」でもオープン当初から取り扱いを続けているそう。そんな「山の花」がある新町ビルの4階には、花山さんと相方ともいえる水野雅文さんがオーナーを勤めるセレクトショップがある。
「花山くんのお店では東美濃エリアの陶芸作品のみを扱っていますが、僕のお店はジャンルレス。陶芸はもちろん、木の器やガラス製品、洋服などを全国の作家さんから仕入れています」
この地域に暮らす作家たちも気軽に立ち寄れるようなセレクトを意識しているという水野さん。やきものを中心にさまざまな作品が並ぶ「新町ビル」には、陶芸作家をはじめとする多くの人が集まり、出会いや交流が生まれ、新しいカルチャーが育まれている。
東美濃の土と水が育んだ酒
東美濃エリアは、なだらかな山々が連なる地形が寒暖差を生み、美味しいお米が育つ地域として7世紀の木簡にも登場している。そんな「米どころ」としての東美濃を象徴するスポットのひとつが、恵那市の坂折棚田だ。石積みによって築かれた棚田は、約400年前に名古屋城の石壁を作った職人集団「黒鍬」の手によって作られたとされ、「日本棚田百選」にも選ばれる。坂折棚田では幻の品種ともいわれる「ミネアサヒ」なども栽培されており、棚田米で作った酒も人気だ。
中津川市の山間部にある恵那醸造は、自分たちで米作りをし、その米でお酒を醸す、地域に根ざした酒蔵だ。先祖から受け継いだ田んぼを守るため、いまも家族総出で田植えをしているのだそう。そのような酒蔵は、この東美濃エリアでは珍しくない。米の品種は岐阜県を代表する酒米「ひだほまれ」。山から湧き出るなめらかな軟水で地元産の米を育て、その湧水で酒を仕込む。そうして醸される日本酒はまろやかな口当たりが特徴で、全国に根強いファンが多い。
東美濃エリアの西端に位置する可児市にも、林酒造というユニークな酒蔵がある。林酒造は創業1874年という老舗ながら、現代に合わせた柔軟な姿勢で酒作りをおこなっている。そんななか生まれたのが、アメリカ出身の見習い蔵人リックさんが醸した新銘柄「陸-Rick-」だ。リックさんは醸造タンクそれぞれに“ステファニー”、“スーザン”などのニックネームを付け、昼夜問わず毎日声をかけて丁寧に仕込んでいったそう。まだまだ粗削りながら、雄大な自然が広がるアメリカで育ったリックさんらしいワイルドなテイストに仕上がったと評判だ。
東美濃の日本酒シーンを盛り上げようと、瑞浪市にある日本料理の店「きん魚」のオーナー永井敏人さんは、日本酒と料理の勉強会を定期的に開催している。たとえば夏には、旬の鮎に合うお酒を学ぶ会を催したり、熱燗に氷を入れてキリッと締める夏におすすめの飲み方を提案するなど、日本料理と日本酒の“マリアージュ”を発信している。
またおなじ瑞浪市では、日本酒ではなくビールで地域を盛り上げようという動きもある。それが、2020年に誕生したクラフトビールの醸造所「カマドブリュワリー」だ。代表者の東恵理子さんは瑞浪市の出身で、全国の地方創生事業に関わってきた経験と「ビールが好き」という思いを胸に故郷にUターン。クラフトビールを作るだけでなく、郷土料理とのペアリングやビールが美味しく飲める美濃焼の組み合わせなど、地域の特産をビールで盛り上げる企画を次々に打ち出している。
土から生まれた器と酒を文化として発信する
東美濃の土から生まれた「酒」と「やきもの」。ある酒屋さんがこのふたつを結びつけ文化として発信する“ハブ”になっている、ということで旅の最後は多治見市に戻り、花山さんも日頃から通うという玉木酒店に向かった。
話を伺ったのは四代目店主の玉木秀典さん。陶芸の町の酒屋としてできることはないかと、店内のスペースで地元作家の個展を開催するほどの陶芸好きだ。またお店ではお酒と酒器の勉強会なども定期的に開催。花山さんもはじめて作家物の酒器を買ったのは玉木酒店でのイベントだったそうで、「玉木さんは提案の仕方が本当に上手くて、僕もまんまとお酒の世界にハマっています」と笑う。
玉木さんはこうしたお酒と酒器の勉強会だけでなく、コーヒーやパスタの会なども精力的に開催し、地元の陶芸家たちを巻き込みながら、それぞれのメニューに合わせたやきものの在り方を追求しているという。東美濃のやきものの魅力を発信する花山さんと、その魅力を生活に落とし込みライフスタイルとして提案する玉木さん。そんな2人がいる東美濃エリアのお酒と器の文化は、今後ますます盛り上がっていくに違いない。