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Electric Bike Ride

タイムスリップ感満載の
横須賀サイクリング

クレイグ・モド

クレイグは大抵、文章を書くか、写真を撮影するか、本を作っているか、散歩するかしているが、それ以外の時にはきっと、E-bikeを駆って、彼の地元である神奈川県を散策しているだろう。今回目指したのは横須賀。海軍の町ならではの独特な文化や風景を求めて自転車で巡る。

05/19/2022

ゴビ砂漠からの黄砂が横須賀のあらゆる場所に舞っている。高層マンション、洋上に浮かぶ米国海軍の駆逐艦、そして、横須賀の海上….。普段なら、海と空との境界線はくっきりとしているが、今日みたいな日は その境界が曖昧だ。黄砂が僕の鼻をくすぐり、思わずくしゃみが出る。

僕は、どぶ板通りに自転車を走らせた。この500メートルに及ぶ通りは長い間、アメリカ文化、米軍、そして、幻想化された日本文化との架け橋的な役割を担ってきた。通りにはミリタリーショップが多い。

アクティブソウルというお店はスカジャン専門店。鷲、パンダ、ハーレイダビッドソン、スヌーピーを刺繍した、テカテカでつるつるなスカジャンが店頭に並んでいる。疲れた表情の男たちが、テネシーウイスキーを供するバーを通り過ぎ、さらにマッサージパーラー、カレーと餃子とチューハイを供するジャックアンドベティというお店を通り過ぎていく。Tsunami Box では、「トランプバーガー」を提供している。そこから数百メートル歩くと、“Taste of California”を標榜するCarl’s Jr. がある。

ドブ板から少し離れた米軍基地のそばにあるThe Cabinというお店に僕は目が止まる。「町で一番のランチ」と書かれている。店内は薄暗くジャズ喫茶特有の雰囲気。店の方隅にはピアノが置かれ、もう一方の隅にはサックス、巨大なスピーカーが配され、壁一面にレコードが収められている。

不機嫌そうなママさんが注文を取りに来て、僕はコーヒー付きのチキンカレーセットを頼む。ママさんは注文を取り終えるとキッチンに消える。チャーリー・パーカーのアルトが響きわたる店内には僕一人。まずコーヒーが、続いてカレーがテーブルに置かれる。

大きな缶から振り出されるさまざまなスパイスと強めの塩で作られたカレーは、お店のオープン当時(1969年)から変わってないかのようだ。52年にわたって芝田さん一家が営むこの店は、かつては夜遅くまで営業し、毎週、数卓のテーブルを脇に寄せ、ドラムセットを突き出し、即席のステージを作り、ジャムセッションが繰り広げられていたという。今では、セッションはあって月に一度、という程度。この店にはかつて海軍の客が来ていたのかと僕が尋ねると、芝田さんはもちろん!と答えた。ジャズブームの頃は我々も夢中で燃えてたからね、よく米軍の兵士が夜遅くに最新のレコードを聴きに来てたよ、と。

The Cabinから来た道を引き返して横須賀美術館を目指して自転車を走らせる。ここは丘の上にあり、東京湾を一望できる館内で現代美術が鑑賞できる。今の期間の展示は、ミロコマチコの絵画だ。猫がたくさんいる。館内のレストランは一時間待ちの行列。屋外の芝生では女の子が見事な側転を披露している。僕は缶コーヒーの「バリスタブラック」を持って美術館の裏手に腰掛けながら、間も無く花開くであろう桜の樹の下でピクニックをしているお年寄りのグループを眺める。

観音埼灯台は、ここから海岸に向かってわずか数キロの場所にある。1925年に建てられたこの八角形の灯台は、光り輝く白いモノリスのようで、木々と森の間から篝火が燃えているかのような様相だ。参観寄付金300円を払って、僕は頂部まで登り、霞んだ空の中、巨大な貨物船が湾内に出入りする様を眺めた。

横須賀の繁華街に引き返し、ミスティという喫茶店に入る。満席だったが、なんとか隅の一席を確保。タバコを吸わない客は僕一人のようだ。まるで、灰皿の中に座っているような気分。この店のピザトーストはなかなかいける。甘みを感じるコーヒーも驚くほど美味しい。僕にコーヒーとフードを運んでくれたタトゥーを入れた女性に、この店がいつオープンしたのかを訊いてみたが、よく知らないらしく、かなり前から….との答えだった。僕は20年ほど前の日本に想いを馳せた。普通にタバコの煙がもうもうと立ちこめていて、あのThe Cabinもさぞ盛り上がっていたであろう頃に、タイムスリップしたかのように。

ミスティから、逸見が丘、木古庭、上山口を通り抜けて、三浦半島の中心を目指して西へ走る。低山に囲まれ、小さな農場、リペアショップが軒を連ねるこの地域はさっき走ってきたエリアとは別世界だ。乗り捨てられた車の上の猫たちが僕を疑わしい目で睨んでいる。夕暮れの景色が素晴らしい。僕は小さな家屋が建ち並ぶ狭い道をちょっとワクワクした気持ちで走り抜けた。この地で暮らす人たちの静かな生活の中を、風を切って進むことに不思議な高揚感と感謝が湧いてくる。

逗子に戻り、エスプレッソを求めて、Poolside Coffeeに向かう。ここは、前回のエッセイで書いたGreenstampsの姉妹店だ。ところが、着いてみたら残念ながら定休日。そこで僕は、メルボルンで修行した若い夫婦が営む素晴らしいカフェ、Breather Coffeeを目指した。ここはオーストラリアの豆乳ブランド、Bonsoyをドリンクに使っている。僕はソイ・フラット・ホワイトをオーダーする。素晴らしい。泡も見事。トーストしてバターを塗ったバナナブレッドも外側はパリッ、中はしっとりの食感で美味。ここに立ち寄って正解だった。

鎌倉に帰る前に、逗子マリーナに寄り道をした。若い男女がセルフィーを撮り、二人の女学生が腕でハートマークを作って、夕陽を背にポーズを決めている。海には岩場で遊んでいる子供達の影がふんわりと写り、彼方には江ノ島が見える。ゴビ砂漠からの黄砂の飛散は少し鎮まったものの、雲の流れは荒れていて、僕が自転車で半日走り回った三浦半島の山々は、黄色く霞んでほとんど見えない。


愛車について

僕は2020年9月に京都でBESV PSA1を1週間レンタルして、すぐにこのE-bikeの虜になった。4月に自分用(色はマットブラック、言うまでもなく限定モデル)を購入して以来、走行距離は1,000キロを超えている。自分がこれまで手に入れた物の中で、このE-bikeほどの大きな幸せを与えてくれた物は数えるほどしかない。本当に愛すべき魅力にあふれた自転車だ。BESV PSA1に背中を押されてこのコラムの企画を考案し、BESVの社長の協力を仰ぐことにした。偶然にもBESV JAPANのオフィスはPAPERSKYの編集部のすぐ近くにあった。BESVの方々は喜んで協力すると言ってくれた。BESVはこのコラムのスポンサーになってくれているが、僕は彼らから無償の提供物を一切もらっていないし、鎌倉の自宅にBESVの無料貸与車が送られてきたわけでもない。だから皆さんのご想像通り、このコラムに登場する僕の愛車は本当に純粋で、損得の一切絡まない自転車なのである。

STRAVA MAP | ELECTRIC RIDE IN YOKOSUKA
STRAVAでPAPERSKY ツール・ド・ニッポンのサイクリングルートマップを紹介しています。PAPERSKYのクラブへの参加もお忘れなく!