京都は五条坂で、三代に渡り仏像と位牌、京仏具を製作する冨田工藝。実の兄弟で工房を営み、兄・冨田珠雲さん(以下、師匠)が京仏師、弟・冨田睦海さんが京位牌師として活動する。そんな伝統の工房に、大学卒業後に弟子入りした髙木眞衣さんに、その経験と価値観を聞く。

そもそも、仏師という仕事についてご存知だろうか。仏師とは、仏像づくりを専門に行う職人のことで、仏像彫刻家としても知られている。日本のお寺で目にする仏像も、当然ながらその背後には作り手が存在する。22歳でその世界に飛び込んだ髙木さんは、どのような幼少期を過ごしてきたのだろう。
「私は大阪出身で、実家が町工場を営んでいます。曽祖父や祖父も異業種ではありますが、ものづくりに携わっていました。小さい頃から工場で遊び、機械を動かす姿を見ていました。また、祖父母に連れられて神社や寺を訪ねるたびに、仏像に感銘を受けていたことも記憶しています。家に帰ると、伝統工芸系のテレビ番組を見ていて、職人の世界に対する関心が、自然に育まれる環境にありました」
高校三年生の進路選択の頃には、仏師の道に興味があった。しかし、一般公募が少ないこの世界にどうやって足を踏み入れるのか、18歳の髙木さんには具体的な進路が見えなかった。そこで、伝統工芸が学べる大学へ進学し、仏像彫刻についての知識を深める道を選んだ。

転機となったのは大学4年生の秋のこと。仏像彫刻を指導していた教授から、冨田工藝の電話番号を教えてもらった。すぐに電話をかけたが、最初は断られてしまう。それでも諦めず、再度電話をかけたところ、その熱意が通じ、即座に「住み込み」での弟子入りが決まった。
3年間の「見習い」期間も経て正式に「弟子」となり、今年で冨田工藝での修行は5年目を迎えた。姉弟子や妹弟子を含む5人の弟子が在籍し、朝9時から掃除を始め、師匠の出社後は、ひたすら彫刻作業に打ち込む日々が続く。基本的には「見て盗め」という方針のもと、師匠とマンツーマンで工房に籠り、時間も忘れて手を動かすことも少なくない。仕事が終われば、自身の製作や刃物の手入れに時間を費やす。「家に帰るのは、食事と睡眠のためだけ」と話す髙木さんに疲れや嘆きは見られず、その覚悟と共に充実した日々を送っている様子が伺える。

仏像彫刻には、一から仏像を製作する新彫と、修復の2つの業務がある。髙木さんは現在、師匠の手がける新彫の仕上げ作業や、修復業務の多くを任されている。仏像を作る際、師匠が常に強調するのは「我を出すな」という言葉だ。仏師が作る仏像は、拝まれる存在であり、個人のアート作品ではない。依頼主の思いを木に映し出すことを第一に、「1000年後も残る仏像を作る」という高い志で取り組んでいる。

5年目を迎えた髙木さんは、妹弟子に教える立場にもなり、自身の成長を実感する場面が増えている。
「業務を任されることは嬉しいですが、まだまだ学ぶべきことが多いです。最近、私が指摘した箇所と師匠が指摘した箇所が全く同じだったことがあり、師匠と同じ視点で物事を見られるようになってきました」
弟子が行う仕事であっても、最終的には「冨田工藝の仕事」としてお客様に映るため、師匠と弟子の技術にばらつきがあってはならず、いかに高い技術を身につけるかが、日々の努力で試されている。

最後に、今後の展望を尋ねた。
「これまでに2人の兄弟子が冨田工藝を卒業し、独り立ちしました。10年で一人前と言えるかどうか、そのときに『独り立ちしたい』と思うかどうかですが、今のところ私は独立を考えていません。『独立したい』と志願する際に、『まだ独立せずに、ここに残ってくれ』と引き止めたくなるような存在になれればと思います。ここにいる間に、自分の名前で仕事を任されるくらいには成長したいです」
髙木さんは今日も、工房に残り、仏像彫刻に心血を注ぐ。

冨田工藝(https://tomita-k.jp/)