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弟子入り

ネオ

後継者不足が叫ばれ「弟子入り」という言葉すら聞かなくなってきた現代。それでも尚、職人の世界へ飛び込み、奮闘する若者がいる。10代、20代からその道をいく彼らは、これまでの選択をどう下し、今後どんな未来の展望を描いているのか。「弟子」に聞き、撮る。

04/19/2024

東京都立川市で、二胡作りに専念する職人が居る、西野和宏さん(76歳)。自身が60年以上培ってきた木工技術を基に、二胡の材料選定から製作まで全てを手がけ、販売している。そんな西野さんの元へ、3年前より弟子入りした1人の女性・ネオさんに、その経験と価値観を聞く。

中国の伝統的な弦楽器である二胡は、特有の音色と表現豊かな演奏で知られ、世界中で愛好家や演奏者に愛されている。その二胡を日本で製作し、修理や調整も手掛けるのが工房「光舜堂」で、その仕事ぶりから「二胡のお医者さん」「二胡の病院」として知られている。

「光舜堂」の店主であり、木と鉄の手仕事で空間づくりを行う「MAio-108」の西野さんが、母親の形見の二胡を修理したことから始まり、現在まで10年以上、約3,500把に上る二胡を見てきた。

ネオさんが「光舜堂」を知ったのは偶然とも言える縁から。高校の同級生が「ものづくり系のバイトだけど興味ある?」と声をかけてくれたことがきっかけだ。

工芸高校を卒業し、ものづくりが好きだったネオさんだが、当初は二胡の知識はなく、単なるアルバイト感覚で始めたものだった。しかし、師匠である西野さんとの出会いにより、その道程が大きく変わっていく。特に「失敗」への寛容な姿勢と、「弟子」に対する考え方が、西野さんの元への入門を決意し、その技術を継承していく覚悟となった。

「西野さんは失敗をしても決して怒ったりはしないです。むしろ、手作業のこの業界では、失敗しないと覚えられないだろと。場合によっては赤字になるようなことでも、それなしには下が育たないという考えで。それに『別に継がなくてもいいからね。二胡屋だけだとつまらないよ』と言われたことが衝撃で。二胡を学び興味が拡がれば、そのことにも取り組みなさいという方針です。全ての言動に深い愛情があり、1人の人間として、尊重してくださっていることを感じています」

現在は、往復3時間の距離を、週5日で通う。3年が経過し「まだまだ師匠の足元に及ばない」と謙遜しつつも、着実に自身の技術向上も実感している。最近では、二胡を演奏するために使用する弓の制作を、ネオさん1人で担う種類も出てきた。

しかし、本場中国の工房では各工程に専門の職人が存在するほど二胡作りは難しく、西野さんはその全てを1人で担当し、弟子のネオさんもまた、一から多岐にわたる技術を教わる日々だ。「本当に理解ができているのか不安要素も尽きない」、と率直な心情を明かす。

光舜堂と並行し、週に一度、植物園で水やりも担当している。植物それぞれの特性や癖、その成長を見ることもまた、二胡作りに繋がっていると話す。工芸高校時代に体験した、魂が自分の手を伝いモノに移る感覚を、次は二胡や弓へと昇華していきたい。

最後に、ネオさんの目標を聞いた。

「西野さんが、『あと5年ぐらいが現役で出来る限界じゃないか』と話しています。その期間に、できる限り多くのことを吸収・継承し、光舜堂を必要としてくれる人のお役に立ちたいです」

弟子であるネオさんからも、師匠への深い尊敬と愛情が溢れていた。

光舜堂 : BlogInstagram