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Papersky Climbing Story
瑞牆山

ビデオグラファーで熱心なクライマーであるナカジマユウが仲間たちと行く「岩場を巡る旅」。山、川、海と豊かな日本の岩場で叫ぶ、彼らの姿を追う。

01/31/2024


花崗岩!花崗岩!花崗岩!

シーズンになるとパリパリに乾いた花崗岩のことを思いながら平日を過ごし、週末は夜が明け切る前から車を走らせていく。東京から一度も休憩に停まることなく高速道路の出口を降り、コンビニで急いで買い物をし、みずがき山自然公園に向かう。天気が気まぐれに変わり、雨に降られて岩が湿ってしまった時の切ない感情は、それはまるで恋をしているかのようだ。

多くのクライマーたちを魅了する瑞牆山。東京から2.5hくらいと、さほど遠くないこの場所は僕にとっての”心のホームグラウンド”になっている岩場だ。

瑞牆にあるクライミングの課題数はかなり豊富で、ボルダリングだけでも僕が持っている分厚いトポ本一冊(英語表記もある)にとどまらず、新しいものがどんどん発表されている。初心者でも楽しめるものから、国内外の強者が目指すV16グレードまでここにはある。ロープを使ったクライミングも入れると果てしない量のラインが存在している。

通っている理由は課題数だけじゃない。どこを見ても景色は綺麗で、広葉樹が多い林は明るくて気持ちがいい。キャンプ場も素晴らしく、夜に見える星空はその日失った指皮のことなんて忘れてしまうほど美しい。そして毎回と言っていいほど訪れているみずがき食事処のご飯もその理由のひとつだ。

みずがき食事処の大中さん夫妻は瑞牆山の不思議な力に魅せられ、すぐ下の集落に移住したクライマーカップル。”0からの料理”をコンセプトに、自分たちで作物を育て、狩猟免許を所得し、ジビエ料理と季節の野菜が食べられる定食をお店で提供している。

「ジビエを扱うので、食べやすくわかりやすいハンバーグというのはすぐに決まった。ピザを始めたのは材料の小麦は自分たちで作ることができるから。酵母もやってみてはいるけど、なかなか安定させるのが難しい。まだ挑戦中。」料理担当のご主人のカツトシさんはメニューについて話す。

僕がいつも頼む鹿肉のハンバーグは、目の前で熱々の鉄板に特製のソースがかけられるのだが、秋のシーズンには二人が山から採取してきたキノコのソースへ変わることも。小鉢が訪れるたびに違うのも、二人が旬の季節のものを使うことを大事にしているからだ。

「遠征に来る人たちにもっと身近に楽しんでもらいたいという想いから、ウチでは無料でクラッシュパッドを貸し出ししてます!」明るい笑顔が印象的なエリカさんは話す。もちろん二人が登りに行っているときは借りられない。彼らはクライマーで瑞牆に住んでいるのだ。

瑞牆は素敵な山だ。しかしいつも優いわけではない。花崗岩のクライミング特有の粒みたいな足に立ち上がったり、岩肌のフリクションだけで体を持ち上げていかないといけなかったり、数ミリしかないホールドから手が外れて岩にパンチして出血することだってある。それに瑞牆のエリアはどこに行くのにも割と歩く必要がある。クラッシュパッドを含めた荷物を持って岩への情熱のために汗をかいて歩く。

加えて日本百名山の一つでもある瑞牆山は混む。市営のキャンプ場もあり、登山客も、キャンプを楽しむ人も、日帰り客もたくさん訪れ、紅葉のシーズンなどは駐車スペースを探すのも大変になるうえに日没は早いので必然的に家を出る時間が早くなる。そして帰りは、決まって同じ場所で渋滞する中央道を使うため遅くなる。それでも通い続けてしまうのだ。明確な理由は要らない。ただここに来たいんだ。改めてやはりこれは恋だとしか言えない。

この山は不思議な魅力を持っている。しかし結局僕は瑞牆に魅せられる人間が好きなのかもしれない。シャイでオタク気質なのに岩の前では雄弁になるクライマーたちや、結婚を祝う為に山頂付近の大きな岩にウェディングドレス姿でロープでぶら下がってしまうカップルや、平日でも構わず集まる仲間たちが好きなのだろう。いろんな場所から集まってくる人間たちが作る空気に包まれ、この山はより美しく映るように思う。 僕から瑞牆へのラブレターはまだまだ書くことがあるが、文字数はもう足りない。