可能な限り快適かつ健やかな環境において家畜を育てる、というアニマルウェルフェアの思想。欧米ではこの考え方に沿った牧場や養鶏場が一般的となりつつある一方、日本はまだまだこうした意識が生産者の間で広く根づいているとは言えない。生産量やコスト削減を優先させた末、たとえば養鶏場では外光が一切入らず、身動きのできないケージのなかで大量の鶏たちがひたすら卵を生み続けるといった光景が普通に見られるのだ。
阿蘇くじゅう国立公園の一角に位置する、ここ久住高原は360度、壮大な緑のパノラマが展開する夢のような場所。日本でも有数の平飼い養鶏場「グリーンファーム久住」はそんな美しい高原のただなかにあった。ケージを使わず平らな地面上で鶏を育てる「平飼い」の養鶏場は国内で10%にも満たない。それでもこうしたスタイルで鶏を飼う意図について、取締役次長の荒牧大貴さんはこう話す。
「鶏だって人間と同じで、跳んだり、はねたり、砂に埋まったり、自由に動きまわりたい。そしてオスとメスが同じスペースで暮らせるという本来の自然な姿を維持できるのが,平飼いのメリットですね。暑いとか寒い、風や日当たりといった要因によって居場所を自由に変えることもでき、結果として広いエリアを動き回るので鶏たちは健康です。彼らは鶏糞が多く含まれた土、言わば堆肥をいつもつついているため、優良な微生物が体内に取り込まれてヘルシーかつ臭いもほとんどしません」

確かに何千羽と鶏がいるのに、特有の臭いがほとんどしないのには驚かされた。音や光、空気の揺れによって鶏たちがせわしなく移動したり、鳴いたりするのもなんだか微笑ましい。この養鶏場でできた卵がとびきり新鮮で、濃厚な味わいである理由は、鶏たちが暮らす環境を見ればすぐに理解できる。
「おいしい卵は健康な鶏たちからしか生まれないと私たちは信じています。この久住高原は標高が高く涼しいので暑さに弱い鶏にも好都合。また卵はおよそ70%が水ですから、この一帯が湧水にも恵まれていることは鶏を育てる上でも非常に有利です。こうした地の利も、私たちの仕事を助けてくれていますね。そもそも、鶏が体調を崩して卵の質が落ちれば、私たち働く人間が対応に追われ、お客様にも迷惑をかけますし、会社の経済面にも問題が生じるでしょう。つまり鶏の健康を守ることがあらゆる意味で重要であり、その結果、平飼いはごく自然な選択となってくるのです」

もとは大貴さんのおじいさんが戦後の貧しい時代、有精卵がインフルエンザワクチンの原料になることを知り、地域経済を豊かにすべく率先して養鶏組合を作ったという。要は、人の生活、地域の経済、鶏の一生を豊かにするため。荒牧一族の壮大な想いが、このおいしい卵に凝縮されているのだ。
「できるだけ自然の循環に逆らわない形で、私たちは仕事を進めていきたい。鶏が幸せかどうかは彼らに聞いてみないとわかりませんが、少なくとも彼らが病気に掛かることもほとんどなく、おいしい卵が安定して生まれているということは、彼らの命を大切に扱えているということでもあるのかなと思います」
