使命を持つ農園
東京都下の郊外に、勤勉な仕事と情熱、そして自然との敬意に満ちたコラボレーションがもたらす最高の結果が体現された美しい場所がある。それがOme Farmだ。
所在地である青梅市にちなんで名付けられたこの農園は、さまざまな野菜を有機農法で栽培する。その良質な野菜は、家庭で料理をする人たちにもプロの料理人にも愛されている。
ハイファッションから自然へ
太田太さん夫妻は10年前、娘がクレチン症を持って生まれたことをきっかけに「栄養」の意味や、多くの食材の質が低下しているという事実に疑問を感じるようになった。彼らは娘の病気を治すために、よりよい治療を行っていきたいと考え、これまでの生活をがらりと変える決意を固めた。
夫妻は、都会での多忙な生活とこれまでファッション業界で築いてきたキャリアに別れを告げて、有機農法の農園を始めることに決めた。農薬や化学薬品を一切使用せず、何世代にもわたって自家採種されてきた種である「エアルーム種子」のみを使った野菜を栽培したいと考えたからである。
Ome Farmでは現在、東京の在来種である「江戸東京野菜」をはじめ、選び抜かれた日本野菜と西洋野菜の品種が栽培されている。さらに、良質な生はちみつの生産や、しっかりとしたCSA(地域支援型農業)プログラムの運営も行うかたわら、東京近郊にあるトップレベルのレストラン約80店に野菜を届けている。
働きながら学ぶ
Ome Farmを立ち上げるまでにはさまざまな困難があった。太田さんは資金源を確保し、協力者たちを見つけることができた。しかし、農園用地の近隣住民や他の農業従事者との、理念の違いから起こる悩みを抱えていた。有機農法やエアルーム種子のみを使用する農業は当時珍しく、日本国内で強い力を持つ中央組織の利害に反するやり方だった。
「最初は関係者全員と何度も話し合いを繰り返しました。とても疲れる仕事でしたが、私たちが青梅という地域とこの地の農業従事者のコミュニティの中で居場所を得るために絶対に必要なことでした」
ぶれない気持ちをもち、時間をかけて取り組むことで、Ome Farmはコミュニティの中で立場と信用をつかむことができた。
「最初の数年は楽ではありませんでしたが、農業に加え、事務や資金面も含め、実際にやりながら学ぶことを通じて前に進んでいきました」
有機農法を決してあきらめない
Ome Farmが開業してから10年経った今でも、有機農法の農園は日本の農業界の少数派である。日本は有機農業において他の国々に遅れをとっている。例えば、日本の国内の農地全体に有機農業が占める割合はわずか0.3%にすぎないが、オーストラリアでは約15%だ。
このような有機農業の現状をもたらした原因は、日本の農業を統括する最高組織のもつ強大な影響力(この組織の事業のひとつが農薬事業である)と、政府による強力な支援と指導が不足していることだと太田さんは考えている。
高度な調整による効率化が浸透する世界において、伝統的なエアルーム種子のみを使って作物を育てることは難しいのでは、と思う人もいるだろう。しかし、Ome Farmが経験してきたことはそうした予想と異なるものだ。
「ここ何年かの記録的猛暑にも、私たちの野菜はよく持ちこたえました。しかし、プログラム化されたハイブリッド種子から野菜を育てている多くの農家が大変な目に遭っていると聞いています」と太田さんはいう。
農園とコミュニティの絆
太田さんは最も自然でおいしい野菜を作ることだけでなく、同じ情熱をOme Farmを取り巻くコミュニティづくりにも注いでいる。今では、150名近くのCSAプログラム会員にOme Farmは支援されている。
このプログラムは、ファームと会員の双方にメリットがある内容だ。会員は年初に料金を支払うと、10カ月にわたって毎月返礼として、その時々の旬の野菜を詰め合わせたボックスを10回受け取る。会員たちのもとに届くのは、卸売業者などの第三者を通さずに農園から直接発送された最高に新鮮な野菜である。
太田さんは単に農作物を送るだけでなく、その先のステップとしてコミュニティづくりにも取り組む。年間を通じて、会員向けのさまざまなイベントや集まりを開催している。こうしたイベントでは、農作業をみんなで行なった後に、おいしい食事を楽しむという構成で行われている。この会員コミュニティは成長し続けており、今では会員同士の絆が深まり、気の合う仲間という関係を超え、生涯の友となる人も多い。このコミュニティ自体が命をもって、素晴らしい発展を続けている組織となっている。
CSAプログラムの会員やOme Farmの野菜を仕入れているレストランのシェフの多くは、国連大学前の広場で開催されているファーマーズマーケット、「Farmers Market@UNU」に足を運んで、太田さんに会いにくる。太田さんはこのマーケットへ毎週末、野菜やはちみつを車で運び、通常の客層よりさらに幅広く商品を提供している。
憧れの人たちに会う
Ome Farmのコミュニティは、農業従事者や生産者、狩猟家たちだけでなく、トップアスリートも仲間に加えて、日本だけでなく海外でも拡大し続けている。
コミュニティの仲間には、太田さんの憧れであり、お手本としてきた人もいる。例えば、「ファーム・トゥ・テーブル」のコンセプトに基づく料理とレストラン「シェ・パニース」を生み出した、カリフォルニアのアリス・ウォーターズもそのひとり。太田さんとチームのメンバーたちは、Ome Farm設立からまだ日の浅い時期に、学びとインスピレーションを得るため「シェ・パニース」を訪れた。
これをきっかけに、シェ・パニースの元シェフのジェローム・ワーグと親交を深め、やがてジェロームは東京に「ザ・ブラインド・ドンキー」というレストランを開き、メンターとして太田さんやそのチームメンバーの指導にあたることになる。
今年の前半にはアリス・ウォーターズ本人も来日し、ウォーターズはOme Farmの野菜を食べて、感激して涙ぐんだという。
「あれは私たちにとって本当に大きな意味のあることでした。私たちがやっていることが正しく、成功しているという証だと感じました」と太田さんは感激をもって振り返る。
食べ物は魔法
Ome Farmの今後の展望をたずねたところ、太田さんは迷うことなく「Ome Farmにかかわる人たちに幸せになってもらうこと。それが私たちの目標です」と答えた。
「食べ物は魔法です。食は人と人をつないで、ひとつにしていきます。そんな素敵な魔法の一部になりたい。私が求めることはそれだけです。もちろん、最高においしい自然な野菜を育てることもね」と笑顔で締めくくった。
Ome Farmは毎週末、東京・青山の国連大学前広場で開催されている「Farmers Market@UNU」に出店中。
(出店スケジュールと詳細はSNSアカウントにて)
https://farmersmarkets.jp/
Ome Farmが運営する神田にある「Ome Farm Kitchen」。ここでは旬の食材を使った野菜中心のランチやディナーも。
https://www.instagram.com/omefarmkitchen/
年末にCSAの新規会員を募集中。詳細はOme Farmのインスタグラムへ。
https://www.omefarm.jp/
https://www.instagram.com/omefarm