神さまが“籠る”紀南の自転車トリップ
熊野灘を横目に、ゆるやかな上り坂をぐんぐん駆け上がる。カーブの手前でパラパラと雨が降ってきた……と思ったら、突風と叩きつけるような雨に急変! レインジャケットを着る間もなくびしょ濡れだ。
「海流と地形の影響で、こっちの夏空は急変しやすいんですよー!」。突風に負けじと、バディが声を張り上げる。ふと横のバス停を目にすれば、停留所名はなんと「雨島」。どうりで!

本誌66号に続く和歌山県の自転車旅第2弾は、清流・古座川の河口にある古座駅から梅の名産地・田辺まで。距離は短いがノコギリの歯のように細かなアップダウンが連続し、下りと思ったらもう次の上りが見えている、気の抜けないルートだ。案内してくれるバディは、新宮市で自転車ショップ「WHEEL ACTION」を営む西村豪さん。

自身が立ち上げたブランド「HEYM8(ヘイメイト)CYCLE」の製作を担うフレームビルダーでもある。生まれも育ちも新宮市の西村さんによれば、個性的な人が集まってユニークなつながりが生まれている紀南エリアは、道草目的の自転車旅に最適だとか。

紀南あたりの地名を牟婁郡というが、これには「神々の室」「籠る」という意味があるという。神さまが籠る山々に育まれた特有の文化や思想、産物は、川を通じて海に出て、日本各地にもたらされた。一方、黒潮に乗ってやってきた外来の文化をいち早く受け入れ、海運の拠点として栄えた紀南は、開放的というキャラクターも有している。籠ると開く、不思議な二面性が紀南の懐の深さを醸成したのかもしれない。

そんなことを考えさせられたスポットが、田並という小さな集落にある「田並劇場」だ。真っ白な板壁が印象的なコミュニティスペースは、あるときは映画館、あるときはカフェ、あるときは造形教室の会場に……と七変化する。運営するのは、東京から移住した現代アーティストの林憲昭さんと澄蓮さん。地域で愛されていた劇場をふたりで甦らせたものだ。

「もともとはアトリエを探していて巡り合ったものですが、当時はツタに覆われ、半ば廃墟と化していました。戦後すぐに建てられ、この集落で長く愛されてきた施設と聞き、過疎化が進むこの土地の宝物として、次の世代や外から来た方とシェアしたいと思ったんです」
4年をかけて自分たちの手で修復し、現在は月1~2回の映画上映の他、ライブや演劇なども不定期に行う。移住者によって守られ、次の世代に受け継がれる地域のシンボルが、さまざまな創作や表現の発信の場となっている。
「この土地に息づく紀南らしさやそうした文化がここから花開いていけるよう、建物と一緒に私たちも成長していきたいと思っています」(林さん)

グランピングステイから梅酒バーへ
宿泊は、国立公園に指定されている志原海岸内のグランピング施設「In the Outdoor白浜志原海岸」で。ウッドデッキの上に設えたテントは高さが3m以上もあり、施設内でサウナと焚き火が楽しめる他、手ぶらでバーベキューも!
「荷物はミニマルに、でも遊びはマキシマムに」というバイクパッキングの旅にぴったりの施設なのだ。施設に隣接する「かなたの入江」で磯遊びを、サウナの奥の展望台では岩が織りなす絶景を満喫した。




翌朝は、干潮時のみ現れる鳥毛洞窟に立ち寄ったのち、白浜を目指す。白浜町で寄り道したのは、ビーントゥバーチョコレートの専門店「K型chocolate company」。仕入れたカカオの焙煎・粉砕からタブレットに仕立てるまでを店内で行っている。
「使っているのはカカオと砂糖だけ。産地や種類ごとに異なるカカオの味わいをたくさんの人に伝えたいから、試食体験を大切にしています」と、店主の島彰吾さん。カカオがチョコレートになるまでを見学しながらいただいたチョコレートドリンクは絶品だった。



のんびりと白浜町を通り過ぎ、柑橘と梅の産地・田辺市に入る。ゴールは紀勢本線の紀伊田辺駅。「ぜったいに欲しいおみやげが見つかるよ」とお勧めされ、駅前の「tanabe en+(タナベエンプラス)」へ。田辺産の食材や加工品、スイーツやドリンクがそろうこちらのリコメンドは、やっぱり梅干し。

梅干しコーナーでは紀州田辺産のさまざまな梅干しの味比べも可能で、その数なんと16種! さすが、梅製品に関して日本屈指の出荷量を誇る梅の名産地だ。なんでも田辺市には、市独自の「梅酒で乾杯」条例が制定されているとか。ならば条例に従おう。

「梅酒をお探しなら、向かいに梅酒専門バーがありますよ」。そう案内され、向かったのは「うめ子」。“うめ子ちゃん”が描かれた暖簾をくぐった先には、「梅酒だいすき」というネオン管のサインと、144種の梅酒を取りそろえるバックバーが。看板メニューは梅酒のフライト。香り、色、熟成年数の違いごとに、個性の違いが明らかな銘柄をセットにして提供しており、テイスティングのしがいがある。
ライド後にバーに立ち寄れる気安さは、サイクルトレインが運行する和歌山ならでは。終電まで飲むぞ!と意気込むものの、午後7時に営業終了。すごすごと駅に向かったが、心も身体も軽やかなのは梅酒のおかげだろうか。

乗り手にぴったりの一台を提供したいと、その人の漕ぎ方や体格、ライフスタイルに合わせたカスタムメイドを貫く「HEYM8 CYCLE」。さまざまな自転車に乗ってきた西村さんの自転車観が反映されており、遊び心が随所に。撮影用にお借りしたこちらは、美しい弧を描くアーチデザインが特徴だ。問い合わせはWHEEL ACTIONへ
WHEEL ACTION
和歌山県新宮市井の沢1-1 センタービル1階
TEL:0735-21-5085
西村豪/Tsuyoshi Nishimura
和歌山県新宮市出身。大阪府堺市の自転車店にて修業ののち、地元に戻り新宮駅前に「WHEEL ACTION」をオープン。若かりしころはハードルートをがっつり走り込んでいたが、ライフスタイルの変遷とともに道草大歓迎のイージーライダーに転身。現在は自らが立ち上げた自転車ブランド「HEYM8(ヘイメイト)CYCLE」のフレームビルダーとしても活躍中。
Bike Packing Guide

和歌山県西牟婁郡すさみ町見老津2-1
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和歌山県西牟婁郡白浜町日置1875
TEL:0739-34-3311

和歌山県西牟婁郡白浜町1197-18
TEL:070-8474-7361

和歌山県田辺市湊41-1
TEL:0739-33-9761

和歌山県田辺市湊14-6
TEL:0739-22-2180

