「美大に通ったことは、自分にとって大きな節目でした。都会の生活への見方が変わり、サブカルチャーにどっぷり浸かりましたが、すぐに上辺だけのものだと気づきました。大学生活は現実内の出来事でしかなく、すべてが薄められているように思えました。その反動か、もともと山登りやツーリングが好きだったので、よく旅行するようになりました。旅に出ると、地方と都会の生活の隔たりとか、地方での生活や農村での仕事の本質とはなにかなど、いくつも疑問が沸いてきました。徐々に、地方独自の文化が交わるところや、山での生活に興味をもつようになり、そこに自身の経験も重なりました」
ー ハタノワタル
ハタノは日本神話で神々によって創られた最初の島として知られる淡路島で生まれ育った。母方の家族は農業を営んでおり、牛のいる光景が当たり前で、蚊帳の中で昼寝するような、昔ながらの生活だった。祖母はいつも自家栽培した野菜で漬物を作り、それを毎日食べるのが彼の楽しみだった。
まばゆいほどの夜空の美しさは、アートへの関心を潜在的に呼び覚ます。高校時代は試験勉強に明け暮れながらも、アートへの関心は常にあり、どこかで気づくきっかけを自分自身待っていたようであった。生活に深く根差しながらもシンプルな紙という存在は見落とされがちだが、和紙づくりの芸術性と同じように、大切なものだと気づかされる。半ば忘れかけていた、目の前に広がるあの夜空のような美が根幹にあった。高校生ながら、彼は都会の喧噪よりも、自然に囲まれた生き方により魅かれた。二十代の頃は他の若者と同様、アメリカをはじめとした他文化の探求に興じながらも、彼はずっと己に問い続けていた。

「はじめて和紙に油絵具で描いたとき、これこそ自分が求めていたものだと思いました。多くの日本人のアーティストが引きつけられるだろうとの予測に反して、実践する人はそれほど多くはありません。自分にしっくりくる感じがしたので、和紙職人の元を訪れました。なかでも埼玉の小川和紙では、細部に至る入念なプロセスを目の当たりにしました。そこにある小さな商店で和紙を買いました。そんなごく当たり前の行動が、現代社会においては、もはや普通とは正反対のことになっています。
僕にはヨーロッパ人がヨーロッパの紙を使って描くように、日本人が和紙を使うことが自然な行動だと感じたのです。しかし、西洋の手法にならい従うという傾向は、この日本にもありがちですが、その傾向は過去のものになりつつあります。ヨーロッパ人はアートに和紙を使わない。だから、日本人は自分たちの伝統的な和紙にもっと敬意をはらってもよいのではないかと。もっと和紙が日常的に使用されるものにならなければ、「もったいない」と思いますね」



時が経つにつれ、彼は和紙づくりに次第にのめり込んでいく。和紙づくりにおける研修期間の2年間、彼は熱意をもって取り組んだ。最初の頃は、夏は農業を、冬は和紙作りとむしろ気軽にかまえていたのだが、伝統工芸への関心が深まるにつれ、また自身に子どもが出来たことで、将来について真剣に考えるようになった。
和紙づくりを始めてからの10年間、金銭的な余裕がないながらも、制作の楽しさを追求できた。収入はわずかだったが、その生活は自由に満ちていたからだ。しかし、和紙づくりに深く足を踏み入れば踏み入れるほど、課題が明らかになった。充足感は得られる反面、収入が低いのだ。彼は自分と同じように環境への意識が強く、自給自足に携わる仲間たちと一緒に成長したいと思った。そこで、京都の中心地から1時間半ほど離れた地方都市であり、800年の歴史と黒谷和紙の生産地である綾部で、彼は大工や農業など、あらゆる種類の職人たちと親交を深め、専門的に和紙を追求した。

「ずっと前から、自給自足への強い願望がありました。その願いは、常に心の奥底でくすぶり続けていましたが、現代社会の精神である、作っては捨て、壊しては作り直す、という考えに自足していく感覚はないし、信用していません。
子どものころ、学校で聞いてよく覚えているのは、石油経済はあと50年で立ち行かなくなると言われ、それは僕が60歳頃とのことでした。その教師は何気なくそんな発言をしたのでしょうが、僕は不安になりました。でも、そこには幾ばくかの真実があると思います。資源を食い潰していく現代において、そういうことをやり続けていく事は絶対ダメだし、昔から続いているものを次の世代に繋げていく仕事に、仲間とともに携わることが紙漉きをやりたい理由でした」

ハタノは、現在の戦争などの潜在的な激変のさなかに、自給自足に重点をおき、現代の経済システムとは距離をおいた、別の生き方について考えを巡らせている。彼の目標は現代的な生活の規範から脱却すること。たとえそれが、自給自足の度合いを進めることで、従来の経済的な道筋からは外れることになったとしてもだ。
彼のサステナビリティへのコミットメントは、スタジオに太陽光発電システムの導入計画や、電気自動車へのシフトにも現れている。コロナ禍がもたらした課題は、彼の自立への信念を強め、現代の利便性を享受しながらも、外部のシステムへの依存度を減らす探求に弾みをつけた。彼の最終目標は、和紙の原料であるコウゾ(楮)を栽培しながら、ゆくゆくは食糧も栽培して、自給自足のコミュニティをつくることだ。この夢は、多忙な生活を送りながらも、自給自足のライフスタイルにも真剣に取り組むという、両極のバランスをとろうとする彼の姿勢を反映している。和紙づくりと並行してハタノは空間デザインの創作活動や、自身の作品を世界的に発表し続けている。

日本が誇る職人精神と匠たちが育んできた伝統と革新を融合させ、持続可能な暮らしのビジョンに組み込むことが、ハタノの使命となっていくのかも知れない。彼の努力は、冒険の旅であると同時に、アートとコミュニティが活気のある未来への変革の力となることへの証しだ。日本は平和だとされているが、ハタノは前向きな変化と、持続可能なシステムの構築を推進する機会をとらえ、将来起こり得る危機に備えようとしている。自給自足と地方の活性化への彼のコミットメントは、当面のニーズだけでなく将来の世代のための強固な基盤を築くことにもなる。
揺るぎない責任感と先見性をもったハタノの取り組みは、コミュニティ、持続可能性、自立を優先する永続的な空間を創り出し、これらの価値観を将来の世代へと引き継ぐことに尽力しながら、政治的な変動を超えてレガシーを守り、革新の文化と協力、備えることを促すことで、すべての人の未来を守ろうとしているのだ。
高木康行 Yasuyuki Takagi
東京生まれの写真家・映像ディレクター。ニューヨーク州ブルックリンでメディアアートを学ぶ。著書に写真集『小さな深い森 Petite Foret Profonde」と『植木 UEKI』はフランスから刊行、そして最新作『BLR: Brooklyn Lot Recordings』を東京の Neat Papers より出版。監督作品に『どうすればトム・サックスにみたいになれるか』『場所の肖像 :荒木町』他多数制作。現在は、国内外で精力的に制作活動を続けている。