水と時間が醸す、木之本の記憶と味わい
北国街道と北国脇往還が交わる宿場町・木之本に入ると、時間の流れがゆるやかに感じられる。黒漆喰に格子や袖壁のある民家が並び、かつては道の中央に小川が流れていたという。ノスタルジックな空気のなかに、人々がにぎやかに行き交う情景が浮かんでくる。

通り沿いにひと際目を引く大きな杉玉が吊るされた「冨田酒造」は、戦国時代から続く酒蔵。15代目当主の冨田泰伸さんは「酒蔵はその土地にあってこそ。ワインと同じく、日本酒も“テロワール”にこだわるべき」と語り、地元の米や在来種の復活にも取り組んでいる。

テロワールとは農作物が育つ土地の自然環境のすべて。なかでも冨田さんが注目したのが、酒づくりには欠かせない水だ。冨田酒造の井戸水は伊吹山地の地下水系を35年以上かけて湧き出てくるという。その水が、米や食文化、酒の味をつくる。銘酒「七本鎗」は、滋賀の味のしっかりした料理と寄り添う味だ。
「この水が35〜40年かけて湧いてくるってことは、今何かを変えたら、30年後にどうなるかを考えないと。遡って考えて、未来を想像して判断する。長尺の視点が地域をおもしろくすると思うんです」
冨田さんの酒づくりには、水とともに流れる時間への熱い眼差しがあった。


そんな情熱は今、木之本で交わり、大きな流れになりつつある。「地と旅」は、この町の可能性にあらためて惚れ込んだ大音満晴・眞琴さん夫婦がこの秋に始めたレストラン。店名には「地」に木之本の風土を、「旅」にはここでの出会いや体験をとおして変わっていくきっかけになれば、という思いを込めた。
我々が訪れたのは開店前だったが、鶏足寺近くの森で、在来種の茶畑で採れた抹茶と、 酢橘と山椒のシロップのかき氷をふるまってくれた。口に含むと氷が解けて、茶畑に吹く風と山の香りが力強く広がる。やさしい甘さの奥にある野性味が、ガツンと頭に響いた。

発酵文化の色濃い木之本には醤油蔵も多い。創業1852年の老舗「ダイコウ醤油」では、100年以上使い続けている杉樽で、2〜3年かけてゆっくりと醤油を熟成させている。
「木之本に流れる水がうちの醤油の甘じょっぱい味の特徴になる。ずっと守ってきた味です」と6代目当主の大杉憲輔さん。受け継がれてきた技と清らかな水が、町の人の幸せな食卓を今も彩っている。


木之本の味といえば、マヨネーズ和えしたたくあんがコッペパンに挟まった「サラダパン」も欠かせない。パン形の看板が目印の「つるやパン」には、この名物を求めて多くの人が集う。滋賀県民にとってはソウルフード、観光客にとっては旅の思い出になる味だ。


さらに、町から少し北上した旧北国街道沿いにあるのが「菊水飴本舗」。デンプンと麦芽を発酵させて煮つめた無添加の水飴で、江戸時代から旅人の疲れを癒してきた。ガラス細工のように伸びて、口のなかでとろけて、さっき冨田酒造で口に含んだ仕込み水のようにじんわりと染みわたった。


あの日の思い出が、今を生きる力になる
木之本の町を後にして川沿いに伊吹山を仰ぎながら南下すると、旧中山道の宿場町・醒井にたどり着く。街道沿いには地蔵川が流れており、その源泉は古事記や日本書紀にも登場する霊水だ。川面には、鮮やかな緑の藻に白い花びらが舞い降りたような梅花藻がかすかに揺れていて、まるで時間が止まったかのような静けさを湛えている。1年をとおして水温は14度前後に保たれており、この日も清流を眺めて涼む人の姿があった。

醒井からほどなく、高速道路の下の小さなトンネルを抜けて、山の懐にそっと広がっている静かな集落・梓河内を訪れた。
前区長で教員でもあった山本太一さんらに、地元の人から「ショージョーさん」と親しまれる湧き水の場所に案内してもらった。山の神の息吹に触れたような神秘的な雰囲気。十文字に割れた苔生した岩の間から湧き出る水脈に手を浸すと、ひんやりと心地よかった。

その後、岸辺でスイカにかぶりついたり、コウモリが潜む洞窟に分け入ったり、川に膝まで浸ったり、夢中になって楽しみ、童心に帰った。
「自分らは昔よくこうして遊んでね。夏はこの川で泳いだり、星を眺めたりと、今の子どもたちにも自然のなかで冒険してほしいんです。宝物みたいな思い出になるはず」と目を細めて笑う太一さん。
里山ステイを可能にする古民家宿「孫八」も折よくできた。「大人数でくつろげる宿」というコンセプトで、この手つかずの自然を満喫したいという客層が都心から訪れているという。美しく雄大な自然から得た体験がふと湧き上がり、忙しなく暮らす今の自分の悩みを吹き飛ばしてくれるような力になることがある。ここでは、子どもも大人もそんなかけがえのない時間が過ごせそうだ。

湖北の大地に流れる時間と水が、人々の営みに結びつきながら、過去から今、未来へと静かに、脈々と続いている。未来に残すべきものを、どう守り、何をすべきか。この視点をもって今を力強く生きる人たちの思いが合流する先に、もっと鮮やかで、多様な可能性に満ちた未来が広がっている。


【ご参加受付中!】
ツール・ド・ニッポン in 滋賀 湖北
2026年4月18日(土)・19日(日)開催

琵琶湖と伊吹山に抱かれ
豊かな水脈を巡る湖北の旅へ
サイクリング1日目は静かで美しい余呉湖の湖畔からスタート。ノスタルジックな面影を残す旧宿場町・木之本では、「冨田酒造」の酒づくりをはじめ、清らかな水が育んできた食文化や町並みに触れます。
そして、地元の食材たっぷりのランチでエネルギーチャージした後は、”データ×アート×サイエンス”によって地域資源や環境を体験できる特別なトレイル「DAS TRAIL」へご案内。再びペダルを漕いで、秀吉ゆかりの城下町・長浜に到着したら、夜は滋賀のおいしい食と酒を共に囲みましょう。
2日目は琵琶湖の畔から出発。伊吹山を望みながら、目指すのは人口約230人の梓河内集落。水をたたえた豊かな山間で地元の方々と穏やかなひとときを過ごします。大地を潤しながら、過去と未来を繋いでいる「水」を巡る滋賀の旅、ぜひご一緒しましょう。
ツール・ド・ニッポン in 滋賀 湖北
https://papersky.jp/shiga-kohoku-tour/
Tour de Nippon Guide
長浜・米原
菊水飴本舗
滋賀県長浜市余呉町坂口576
TEL:0749-86-2028
つるやパン本店
滋賀県長浜市木之本町木之本1105
TEL: 0749-82-3162
冨田酒造
滋賀県長浜市木之本町木之本1107
TEL: 0749-82-2013
ダイコウ醤油
滋賀県長浜市木之本町木之本1137
TEL:0749-82-2012
地と旅
滋賀県長浜市木之本町川合85-2
TEL:0749-50-9823
古民家宿「孫八」
滋賀県米原市梓河内344
TEL:080-4524-6222
中山道醒井宿
滋賀県米原市醒井