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Tour de Nippon

甲賀 信楽

伝統のその先へ、つくりだす今の暮らし

滋賀県南部に位置する信楽は、四方を丘陵に囲まれながらも、古くから近畿と東海を結ぶ交通の要所。良質な陶土と、茶道文化が興隆した京都・奈良に近いことが相まって信楽焼の産地として発展した。ひと口に信楽焼といっても、器や植木鉢、椅子にタイル、たぬきの置物までじつに豊かな表情をもつ。そんなものづくりの地で、焼き物という枠を超え、伝統や自然を再構築する人たちがいる。クリエイティブスピリットに溢れる人々に出会う旅へ。

10/06/2023

風景画のように、自然の延長を表現


「この土地の暮らしが、自分や作品をつくる」という類の言葉を、この旅で何度か耳にした。それが具体的に暮らしのどの要素を指しているのかは聞かなかったが、ひとつ考えられるのは目の前に広がる自然。有名な山や川はない、ただなんでもない自然との暮らしだ。

野山に抱かれるような地にある、野田幸江さんの花屋 「ハナノエン」。移転して2年。アスファルトだった庭は、今や園芸の花木に野山の雑草も交わって自然の箱庭のよう。もともと画家の野田さんは、あるときから身近な風景画を描くようになった。その思いは花屋の傍ら創作する植物の造形にも。

「すべて自然の延長だから “形”をつくらない。素手で風景を掴み、輪郭を確かめながら、空間という額内に配置していく」と野田さん。そう聞いて作品に触れると、記憶の奥の風景とつながる感覚に陥った。「あと、とがりすぎたり、ロマンチックになりすぎないように心がけている」と続く声に、我に返る。「地元の人の日常の花屋でもありたいので」と、野田さんは微笑む。

自然をそのまま表現した風景画のような 「ハナノエン」
植物の綿毛を集めてつくった野田さんの作品

世界的建築家I.M.ペイ氏もこの地の自然をそのまま表現に昇華させた。信楽の山中、広大な敷地にたたずむMIHO MUSEUMは、彼が山々と呼応するように設計。驚くのはその8割が地中にあり、中国の 『桃花源記』にインスパイアされたトンネルで美術館棟まで向かうというつくり。この異空間に続くようなトンネルは四季とともにその表情を変える。この地の風景のひとつなのだ。

神秘的な 「MIHO MUSEUM」の建築


今この地で暮らすからこそできること


ギャラリーカフェ 「TORASARU」は、豊富な種類のチーズケーキを、信楽焼をはじめセンスのよい器で味わえると人気だ。「空間、器、細部と全体の調和。見た目の美しさにはこだわっています」と、店主の副島龍さん。オーダーした朝宮抹茶のレアチーズケーキは鮮やかな萌黄色でモノクロの器によく映える。

地元愛を感じる 「TORASARU」の 「朝宮抹茶レア」

朝宮茶はかつて天皇に献上されていた歴史もある信楽の銘茶だ。その朝宮茶を無農薬栽培で育てる 「かたぎ古香園」の片木隆友さんを訪ねた。今でこそ無農薬茶はよく聞くが、その概念がまったく広まっていないころに先代が挑戦。当時は厳しい声もあったが、今や全国から無農薬茶を学びに人が来るほどだそう。「雑草も茶木も自然の一部」と片木さんが淹れる朝宮茶は、光のように澄んだ色と丸みある味わいだった。

青々しい畑で茶葉の様子を確認する片木さん

 「土鍋ごはん& CAFE 睦庵」では、この町の人にとっては当たり前の、土鍋の炊飯体験ができる。信楽焼の土鍋を囲み、今か今かと20分。蓋を開くとふっくら香り立つお米に歓声があがる。近い将来、かつて土鍋の製造窯だったオーナーの実家に店を移し、ものづくりの現場で土鍋体験ができるように準備中だと聞き、楽しみがまた増えた。

「睦庵」の土鍋で炊きたてごはんをいただく

滞在して職人の暮らしを体験したいなら、400年の歴史をもつ 「明山窯」が運営する「Ogama」へ。カフェ、ギャラリーショップ、陶芸教室に加え、昨年秋に一棟貸しのゲストハウスをオープン。キッチン、リビング、お風呂にまで信楽焼が。2階の窓辺のデスクから、登り窯や煙突を眺めれば、インスピレーションが湧きそうだ。

「信楽焼には決まったスタイルやデザインがあまりない。だからこそのフレキシブルさが強み」と話す、ブランドマネージャーの石野啓太さん。伝統や自然を活かしながら、今と未来を見据えて変化していくたくましさをこの土地の人々の挑戦に見た。

信楽焼のある暮らしを体験できる「Ogama」ゲストハウス


つながって生み出す、新しいこれから


焼き物好きでなくとも 「大谷製陶所」大谷哲也さん、桃子さんの作品を一度は目にしたことがあるだろう。哲也さんの代表作は白い磁器の器と蓋なしの土鍋。桃子さんの作品は南国の植物柄が目印。「今ここで暮らすこと自体が作品に活きている」と話す大谷さん夫妻だが、信楽焼には執着していない。技法は使うが、その土着性を剥がして無国籍にしているのだそう。

そんなご夫妻は、数年前から弟子をとっている。「学生が社会に出た後も作陶を続けられるようにしたい」と、窯業学校の講師経験もある哲也さん。工房に併設されたギャラリー 「knot」では、結び目を意味するその名のとおり、現世代と次世代、伝統と今、未来を結び、新たな創作が生まれていくのだろう。

次世代のつくり手たちが学ぶ 「大谷製陶所」
大谷さん夫妻の作品は心地よい暮らしのなかから生み出される

「knot」に似たキーワードが、田園風景を見下ろす丘に凛とたたずむ 「NOTA_SHOP」にも。加藤駿介さん、佳世子さんが、埋もれてしまったデザインを今の生活に合うように再構築して提案しているアトリエ兼ショップだ。NOTA (ノタ)とは、信楽の陶芸用語で接着剤を指す。人、もの、時間との接着点となるように名づけたが、Not a shop=商売の場所ではない、と解釈できると気づいたそう。

「暮らす土地をこんなふうにしたいという意志ある人たちがつながって、新しいものづくりが生まれる場になってほしい」と話す加藤さん。この旅で出会った、クリエイティブスピリットに溢れる人たち。その眼差しは目の前にある自然と暮らしをまっすぐに捉えていた。そんな人々がつながってつくり出すこの土地の未来は、前衛的ながらも、本質的で心地よいものだろう。伝統のその先で、これからのスタンダードともいうべき暮らしが生み出されていくのかもしれない。

作品や骨董品の美しい配置が生む 「NOTA_SHOP」の空間美


ものづくりの地を巡るクリエイティブな旅
ツール・ド・ニッポン in 甲賀 信楽
2023年11月25日(土)・26日(日)の週末に開催

信楽焼の窯元の郷から、原風景の広がる丘陵地まで。この地に連綿と受け継がれるものづくりスピリットを感じながら甲賀・信楽の町を駆け抜けましょう。この地のクリエイティブな人々に出会い、飾らない自然の美しさに触れれば、インスピレーションやアイデアが浮かんでくるかも。そんな自分にわくわくしながらペダルを漕いで、人やものとの新しい出会いを見つけにいきましょう。

ツール・ド・ニッポン in 甲賀 信楽の参加募集の開始は、2023年10月下旬を予定しています。

Tour de Nippon Guide
滋賀県 甲賀市

ハナノエン
甲賀市水口町春日947
TEL:0748-62-3107

MIHO MUSEUM
甲賀市信楽町田代桃谷300
TEL:0748-82-3411

TORASARU
甲賀市信楽町勅旨1970-4
TEL:0748-83-1186

かたぎ古香園
甲賀市信楽町宮尻1090
TEL:0748-84-0135

土鍋ごはん&CAFE 睦庵
甲賀市信楽町長野317-21
TEL:0748-82-3460

Ogama
甲賀市信楽町長野947
TEL:0748-82-8066

NOTA_SHOP
甲賀市信楽町勅旨2317
TEL:0748-60-4714

PAPERSKY TOUR DE NIPPON
PAPERSKY ツール・ド・ニッポンは、「日本の魅力 再発見」をテーマに、PAPERSKYが企画・提案するツアープロジェクト。その土地の魅力ある文化、暮らし、自然、食、そしてそこに暮らす人々との出会いを求めて、自転車に乗って日本各地を旅しています。
text | Shinba Miyako photography | Mai Narita