おいしいを育む大地への恩返し
1762年創業の「山村酒造」は、阿蘇の多くの人が「れいざんで育った」と長く親しむ酒をつくる老舗だ。私たちは、話上手の名物社長と米のつくり手の名コンビと待ち合わせをしていた。地域のシンボルともいえるレンガづくりの煙突、梅や桜や金木犀など酒づくりの折々を告げる植物など、160年以上守り継がれる蔵の各所を社長の山村唯夫さんは軽快に案内する。杜氏である息子の純平さんとともにひとつの特別な樽にたどり着いた。
「絶対に地産地消、の思いで押しかけ営業したんです」と話す農家の高島和子さんは、搾りたてを嬉しそうに味わう。彼女が「喜多いきいきくらぶ」の仲間と農薬や除草剤、化学肥料を使わない自然栽培でつくる酒米は、歩留まりがよく質がいいと山村さん親子も納得の山田錦。2015年の初醸造で生まれた純米吟醸酒「山」は、ゆるやかな発酵を促す阿蘇の軟水、そして蔵の酵母と醸し手がそろってできる奇跡の酒といえる。
「暮らしたいと思う町をいくつも巡って決めました」。そう話す新田梓さんと江﨑里子さんは、2011年に南阿蘇へ移り住み「料理研究舎リンネ」を開く。自家製のものや体に負担が少ない材料を使うことを大切にし、月に1〜2度のアトリエオープン日に菜食の食事を提供したり、予約制でお弁当をつくったりする他、焼菓子や加工品を全国へ届ける。新田さんは米と野菜と保存食を、江﨑さんは料理や菓子をつくり、阿蘇の四季をのびのび生きる。
ふたりの情熱が美しく表現されたアトリエで絶品弁当をいただいたとき、ふいに「米の師匠は和子さん」と嬉しいつながりも耳にした。大地の恩恵を受け、恩返しする。南阿蘇のおいしいをつくる人の生き方に豊かさの理由があった。
*2020年9月26日(土)・27日(日)に開催を予定しておりました「PAPERSKY ツール・ド・ニッポン in 南阿蘇」は、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、開催を中止させていただくことになりました。楽しみにしてくださっていた皆様にはご迷惑をおかけし、申し訳ありません。ご理解の程、何卒よろしくお願いいたします。