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Star Atlas –街の星図を探して–

柴山広行(丁子屋)& 杉山開知(地球暦)

静岡編 vol.10

その土地に点在する魅力的なヒト、モノ、コトは、“星”に例えることができる。光の強さ、色、輝き方はさまざまな星たち。それらのストーリーを一つずつ紐解いていくことで、その土地だけにある「Star Atlas(星図)」を浮かび上がらせていく静岡編の第十回。

02/15/2023

受け継がれてきた自然薯と丸子の風景をこれからも


静岡県静岡市の丸子は、江戸時代から東海道五十三次の宿場町として栄えてきた。行き交う旅人たちにその頃から親しまれてきたのが、地元で採れた自然薯をすったとろろ汁だ。名物として松尾芭蕉の俳句に詠われ、歌川広重の浮世絵にも描かれている。1596年(慶長元年)創業の丁子屋はその元祖で、柴山広行さんが当主を務める。

丁子屋の現在の茅葺き屋根は2018年に新調されたものだが、ずっと昔からあるかのような風格がすでに出ている。
とろろ汁に麦飯、味噌汁、香物、薬味が付いた丁子屋定番の定食「丸子」。

丁子屋の店内には、東海道の宿場町の歴史や文化にまつわるものとともに、地球暦が展示されている。地球暦は、太陽を中心に丸い円で1年を表し、日々変化する惑星の軌道や季節の変化を俯瞰することができる暦だ。

柴山さんと、地球暦の考案者、杉山開知さんのつながりはお互いの祖父の代にさかのぼる。1974年7月、静岡では一晩で508ミリもの大雨が降った「七夕豪雨」と呼ばれる災害があった。決壊した丸子川の改修工事をするために水防団が結成され、2人の祖父はその団長と副団長となって改修に尽力した。

丁子屋の柴山広行さん(左)と、地球暦の考案者・杉山開知さん(右)。1974年の七夕豪雨と丸子川の改修工事を記録した本には、2人の祖父の名前も記されている。

静岡では2022年9月にも集中豪雨があったが、杉山さんは「お爺さんたちの改修のおかげで今回、丸子川は氾濫しなかったとも言えるよね」と語る。当時はまだ確立されていなかった自然薯の栽培方法を一緒に試行錯誤してきたのも、2人の祖父の代の人たちだった。

「自然(じねん)というのは仏法の言葉で、自ら然る、という字のとおり循環、巡っていくという意味です。たぶん、扱っているのが自然薯だから丁子屋は400年続いているし、農家さんや地球との関係性は、やっぱり自然のサイクルに合わせて僕らが寄り添っていかないといけないと感じています」と柴山さんは言う。

丁子屋の裏にある畑では、柴山さんたち自身も自然薯を栽培している。社員とスタッフへの年末のお歳暮用とのこと。

杉山さんも、もともとは自然薯農家になりたかったそうで、柴山さんの祖父に付いて5、6年ほど学んでいたのだという。

「小学校で教育の一環として、花壇に自然薯を植えたこともありました。ヒロ君(柴山さん)のお爺さんがすごいのは、単に自然薯を植えるだけでなく、そこで地球の46億年の歴史を語り始めて、すごく引き込まれるエンターテインメント性がありました。秋の収穫の際には、父兄や先生たちもみんな呼んで、全員で自然薯をすりおろすんです。お爺さんはハッピを着てきて、祭りのようになっていましたね。自然薯はただのいもじゃなくて、そこにまつわる世界観というか、伝統をつくるということを学んだのが一番大きなところです」

「面白いことに、自然薯の葉っぱはきれいなハートの形をしているんですよね。これがすべてを表しているなっていうか、愛がある」と杉山さん。

一方、大阪で和太鼓の活動をしていた柴山さんは、2006年に丸子に戻って丁子屋に入社。柴山さんは、杉山さんが丁子屋を訪れた時に地球暦の話を聞くようになり、自身でも活用し始めた。2人の関わりが深くなったのは、その頃からだった。

地球暦をつくり始めた杉山さんの大きなバックボーンになったのが、自然薯をとおして学んだ体験だった。

「1年で太陽系がひと巡りすることを俯瞰して見ることができる地球暦の特性と、もともと携わっていた自然薯の1年が、自分の中で自然に結びついていました。お爺さんがよく言っていた、循環型農法の『循環』という言葉と宇宙、自然薯が自然と重なったんです」

丁子屋の店内に展示されている地球暦は、杉山さんが自然薯の栽培記録を聞いてつくった自然薯の地球暦だ。

「生産者さんと話をしていると、やっぱり地球暦のようなものを感覚的に持っているんですね。自然薯農家さんが地球暦を見れば、その時にやる農作業の内容がわかるようにアップデートできればと考えているところです」と柴山さん。

丁子屋店内に展示されている、自然薯の地球暦。杉山さんは2022年12月から丁子屋で、旧暦に合わせて毎月「こよみをたのしむ会」を開催している。

杉山さんが自然薯の地球暦をとおして伝えたいのは、「食事って、ただ味わうということ以上に、記憶を食べているという感じで、その記憶というのは土の記憶なんですよね」ということ。

「丁子屋さんではそれが連綿と受け継がれていて、400年前から同じように自然薯をすり鉢とすりこぎ棒とおろし金ですって食べてきています。山いもの中で唯一、日本に在来であったいもが自然薯で、1杯のとろろ汁の話が縄文時代ぐらいまでつながってくるんです」

生産者から仕入れた自然薯は、店舗の近くの冷蔵庫で保管されている。「自然薯は、刷毛で土から掘り出します。普通のいもみたいにパッとは抜けないので、考古学の発掘作業みたいな感覚です」と柴山さんが教えてくれた。

柴山さんは2020年10月15日に十四代目「丁子屋平吉」を襲名。その日は、歌川広重の命日だった。

「これが、僕が目指している風景なんです」と、柴山さんが持ってきてくれたのは、広重の浮世絵『東海道五十三次 鞠子』。

浮世絵『東海道五十三次 鞠子』について柴山さんは、「この絵が1枚あるおかげで、大事なものってこの中に描かれているよね、ということが僕らはわかるので、めちゃくちゃありがたい絵なんですよね」と語る。

「200年ぐらい前に描かれた風景ですが、今も本当に変わらないなと思うのが、旅人がいて、とろろ汁の茶屋があって、自然薯の農家さんがいて、そして次の世代の赤ちゃん、未来がちゃんと描かれていることです。そうした関係性と、東海道の宿場町の一つである丸子のこの風景を、5年後、10年後、100年後もブレずに目指し続けていきたいです」



柴山広行
静岡県静岡市出身。2006年に丁子屋に入社。2020年10月に取締役社長に就任し、14代目丁子屋平吉を襲名。「NPO 歴史の道 東海道宿駅会議」の理事を務めるなど、東海道の宿場町の歴史と文化を伝える活動にも携わっている。

杉山開知
静岡県静岡市出身。地球暦考案者。独学で暦を研究し、地球暦考案に至る。PAPERSKYではOmnipollos hattとのコラボレーションで「食べる地球暦、コズミックピザ」を連載。2022年12月、日本改暦150年目の節目に暦師として創業。

text | Takeshi Okuno photography | Hitoshi Ohno