奈良時代に花開いた、「六郷満山」
国東半島を語るうえで外せない「六郷満山」とは、宇佐・八幡神と天台宗、山岳信仰が融合して花開いた、神仏習合文化だ。奈良時代、仁聞菩薩が国東半島の6つの谷に28の寺院を開いたことが始まりで、日本最大級の磨崖仏といった石造文化、「修正鬼会」や「ケベス祭」といった法会や祭事など、独自の文化を生み出した。現在も10年に1度、行われている「峯入行」は、仁聞菩薩ゆかりの地をたどるという修行で、険しい山や谷を縫いながら約150kmを踏破する。その修行道が「峯道」だ。
10区画・約150kmにわたって整備された「国東半島峯道ロングトレイル」は、歴史ある「峯道」の一部や昔ながらの生活道などを取り入れ、山岳信仰の気配を感じながら国東半島の歴史や風土を体感できるというハイキングルートだ。今回は、東京で暮らすオーストラリア出身のジェームズをゲストに迎え、「T4」の中山仙境を出発、「K1」から「K4」までのおよそ60kmを歩く。
「両子山を中心とした六郷(6つの谷)沿いには集落が点在し、集落を行き来する尾根越えの生活道がいくつもありました。それらの古道を再び切り拓き、トレイルとして整備したものです。開拓中に発掘した古い地蔵や野仏はなるべくそのまま残し、かつての生活の雰囲気を味わえるようにしています。ルート上の寺院にもぜひ立ち寄ってお参りし、信仰の歴史を感じてみてください」(国東半島峯道トレイルクラブ事務局長・高橋誠一さん)
垂直にそびえる岩の峰が続く中山仙境をガイドしてくれるのは、2年前に東京から国東に移住してきた浅野千愛さん。こちらに暮らすようになって山登りにハマり、ただいまガイド見習い中。浅野さんいわく、「火山活動と風雨の浸食がつくり出した、ダイナミックな地形がこのトレイルの魅力」だとか。
中山仙境から「K1」区間へ。ジェームズが感嘆したのは「大不動岩屋」という、大岩屋。奥の岩壁に石仏が鎮座している。
「これだけの眺望を楽しめるとなると、通常は観光スポットとして整備されてしまって手すりや看板が景観を台無しにしてしまうものだけど、そうではなくハイカーの自律性を重んじて管理されているところがすばらしいよね」
自己責任でアクティビティを楽しむことでシーンや文化は成熟していく。このようにハイカーの自律性を大切にした整備や管理のあり方は、日本のロングトレイルの発展にひとつの道筋を示しているのかもしれない。
トレイル上で、いくつものため池を目にする。国東半島で屈指の規模を誇る山口池に、狭間古池・新池。特に狭間新池は、透明度の高い湖水にクヌギ林の景観が映えて清々しい。
国東が世界に誇る伝統的な農業
「このため池こそ、国東半島を特別な存在にしている」と言うのは、「国東半島宇佐地域世界農業遺産推進協議会」会長の林浩昭さん。先祖代々「はやしファーム」を営む生産者でもある。
「『K4』では世界農業遺産に指定された、国東半島独自の農業文化を見ることができます。この周辺にはクヌギ林が点在することから、クヌギを伐採してホダ木(原木)にする原木シイタケ栽培が盛んです。クヌギの切った株から新芽が出て、若木は15年ほどをかけて元のサイズに成長するので、新たに植林する必要がありません。おまけに若木は、古木に比べて二酸化炭素の吸収率がいいと証明されています。成長したらまた伐採し、ホダ木にし、森を再生する。環境に負荷をかけず、持続的かつ循環的に森を育てる仕組みができているのです」
また、落葉した葉が分解され、有機物となって土に還ることで、土中の保水力がアップする。昔の人々はこの水を利用してため池をつくり農業用水としたが、これが今でも機能している。このようにクヌギ林とため池を利用した循環型農林水産業の重要性が世界的に認められ、2013年に「世界農業遺産」に認定された。
「森林を伐採して生産性の高い農産物を栽培するというような旧来型の農林業ではなく、森を森として生かし、そこから恩恵を得るという持続型農林業への転換が、世界的に行われています。温暖化を解決するのは森づくりしかないと思っています。国東が誇る“いい森”に、ぜひ注目してみてください」
循環型農業から生まれた農作物を味わいたいと、今回は農泊を利用した。1泊目は、「木もれび山荘」。長くカナダに暮らしたという井関さん夫妻は、庭で収穫した季節野菜いっぱいの洋風料理でもてなしてくれる。海洋学者のご主人による、最新の海洋エコシステムの話につい聞き入ってしまう。2泊目は、10年前に埼玉県から国東半島に移住して新規就農した上平さん夫妻が営む「まるか三代目」へ。上平さんは無農薬、無肥料の自然栽培を行いながら、「タネをつなぐことを人生のストーリーにしたい」と、年間20種ほどの種取りを続けている。それぞれの農泊が抱く、食への思いもおもしろい。
大地の偉大なエネルギーを感じさせる地形と「六郷満山」の文化、伝統的な農業に息づくエコシステムや先人の知恵。季節のおいしいものにも恵まれた国東半島のトレイル旅は、控えめにいっても最高なのである。
Trail Guide
国東半島峯道ロングトレイルクラブ
国東市国東町小原2662-1
国東市サイクリングターミナル内
現在、国東半島嶺道ロングトレイルのルートが公開されています。上記のPAPERSKYの古道歩きのルートとは弱冠異なりますが、こちらのルートをぜひご参考ください。
コース内には岩場や傾斜地が点在しています。登山用の装備と地図を携えて歩いてください。トレイルのルールに関しては国東半島峯道トレイルクラブのホームページをご確認ください。公式マップは道の駅くにさきサイクリングターミナル内「くにさき観光案内所」で入手できます。郵送ご希望の方はこちらをご参照ください。