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豊かに水を湛える風馬の島で、世界のゆらぎを眼差す

写真家 山﨑萌子

 

06/30/2023

彼女の作業場は与那国島の、在来馬の牧場のすぐ横にある。

馬たちの見張り番をしながら、屋外に持ち出した一畳ほどの机の上で紙料となる糸芭蕉の繊維を断ち、馬糞と馬毛、水を含めて撹拌し、紙を漉く。作業の伴奏は三線と謳いによる与那国民謡。そこに時折、風の音と馬の嘶きが混じる。

「今では紙を漉くために写真を撮っている気さえします」

写真を印刷するために始めた紙漉きだったが、今では当初の目的と作業がすっかり逆転しつつあると話す写真家の山﨑萌子さん。もとを辿れば、四角い定型で切り取られる写真の固定観念からの逸脱願望が、彼女に紙を漉かせた。

「手漉きの紙に印刷すると、良くも悪くも『見えない部分』が多くてむしろ絵画に近い表現になる。その曖昧さが、今の自分にとってちょうど良いんです」

手漉きの紙の四隅は淡くとける。繊維のケバや凹凸のためにインクが完全に乗ることもない。写真は見切れるように印画する。となれば、「四角」からの呪縛は自然と解かれる。

「私は写真を撮る時、被写体を撮るというよりその対象を包み込む空気や匂いなど目には見えない形に囚われないものを映しとっている、とそんな表現が近い気がします」

一呼吸入れて、萌子さんは写真と世界の見え方についてさらに話を進める。

「『真を写す』と書く写真は本来、真実を映し取るために発明されたもの。けれどもそこに映し出される世界は真実ではなく、あくまで個人が見た幻影に過ぎないと思うのです。だとすれば、写真の本来の意図を解放するために私は紙を漉き、印画し、写真の写実性を必然的に薄めているのかもしれません」

国産和紙の産地はいくつもあるが、彼女の活動拠点である与那国島には元来紙の文化はない。島の人々は、クバと呼ばれるヤシ科の葉に文字を書いて用立てたという。だとすればなぜ、彼女はこの島で紙を漉くのか。

「<よなは民具>の與那覇有羽(よなは・ゆうう)さんから『世界の捉え方』のようなものを、日々の暮らしの中で教えてもらっているんです。彼は、奥さんの桂子さんとともに8頭のヨナグニウマを育て、3人の子供たちと与那国島のとある集落の一角に暮らし、島に自生する植物から草履や団扇、ウブル(水汲み)などの民具を作り、唄や三線を弾きます。そんな彼らとの生活から、私にとっての『精神的な学び』がさまざまな形で現れてくるのです」

日々の日課である草刈りでは、刈り終えた草を紙料となる糸芭蕉の繊維に見立て、まるで漉船の中で作業するかのように草の流れを意識し、集める。調理時には、「ミティン(沖縄の言葉)」すなわち物事を構成する三要素を意識し、紙作りを料理に置き換えて考え、実践する。

具体的な作業に応用できる教えがある一方で、時には、感覚的なものを育む抽象的な教えもある。

とある十五夜、野生馬が生息する島の岬で、風に鳴る三線の音に合わせ、裸足で踊るように言われた。足の裏で触れる湿った土や水滴のついた草、馬糞の感触、昼間とは異なる澄み切った感覚が身体中に広がる。しばらくすると周りの音が鮮烈になる瞬間が訪れる。閉じていた聴覚が開放され、近くの三線、波音、野を吹く風の音を越え、はるか遠くで馬が駆ける音までも届くようになる……。

「『目を開けろ』の声掛けに応じると、今まで見えなかった遥か向こうのものや微細なものが鮮明に見えてくる。そうこうするうちに自分の身体の感覚がどんどん入れ替わっていくのがわかるんです」

そもそもにおいて萌子さんを「四角い写真」から脱却させたのは、與那覇さんの言葉だった。「本当に大事な出会いだった」と彼らとのつながりを振り返る。

「与那国島は私の原点だから」

その一言がふいに溢れる。聞き返すと「原点って言ったね、今」と笑う。

彼女は東京生まれ東京育ち。あと数日で首都にあるもうひとつの家に帰る。月明かりが頼りとなる夜の海で島の人が捕った甲イカの墨で染めた紙を担いで。その光るような黒色に、与那国の夜の海を思う。

「水が合うと言うのかな。同じ土地から生まれたもの同士を組み合わせることが、必然的で無理なく寄り添ってくれるものになるような気がする」

イカ墨で染めた紙には夜の海で撮影した写真が印画される。一見すると、紙面上には何が写っているのかはっきりしないかもしれない。

けれどもそれでいい。その曖昧さが、彼女の思う世界のあり方なのだから。もはや写真家という肩書きもわかりやすさのためでしかない。それぞれのままに存在する世界を、それぞれの目で見届けるための手段は、全ての人の目の内にすでにある。

そんな世界と個人の生き様を、彼女は提示する。

山﨑萌子 個展
三天 – ミティン –
日時:2023年6月24日(火)〜7月9日(日)
場所:HIRO OKAMOTO Art Gallery Tokyo
https://www.hirookamoto.jp/events/mitin


山﨑 萌子
与那国島と東京を拠点に活動。沖縄の伝統的な琉球紙の技術を用いた平面・立体作品・インスタレーションの制作を通して、写真と紙の関係性を追求する。主な展示に、「Sinking」(MIDORI.so Gallery/2019)、「神々の肖像」(ZEIT-FOTO kunitachi/2021)、「むすう」(PALI GALLERY/2022)等。

text | Yuria Koizumi photography | Moeco Yamazaki, PALI GALLERY