絵を写経に見立てて
七十五番札所善通寺を参拝しようとしたとき、門前の「カタパン売り切れました」の文字に、がっくりと膝をつく男性と遭遇した。励まそうと声をかけると、なんと国内外で活躍するアーティストの平山昌尚(HIMAA)さんではないか。
善通寺は弘法大師空海生誕の地であり、和歌山の高野山金剛峯寺と京都の東寺とともに、大師ゆかりの三大霊跡に数えられる。真言宗最初の根本道場だが、彼にとっては幼少期から通った、祖父との思い出の地という。
「祖父は定年退職後、善通寺の宿坊に勤めていました。墨書きの仕事や管長の運転手をしていたようです。僕は実家の神戸から、正月やお盆に里帰りすることが多かったので、お寺はとても混雑していました」
十数年勤めたという祖父の墨書きは、平山さんのイラストやドローイングにも影響を与える。2〜3年前から、祖父の仕事を継ぐように、手本の絵を写経に見立てて繰り返し描くシリーズにも取り組んでいる。
「モダニズムを代表するフランスの画家、アンリ・マティスはパリを離れ、地中海に面するニースへ移住したことで、南仏の気候のように穏やかな作風に変化しました。ニースを訪れ、マティスの言葉を経典と解釈してみると、作品は写経に見えなくもない気がします。そこで、ロザリオ礼拝堂の売店で見つけた冊子からマティスの気になるフレーズを選んで描いたことが始まりです」
平山さんのユーモラスな作品はこれまで、彼自身の人生と切り離された抽象的な印象 を与えてきたように思う。それが近年は、生活から作品を生むことに興味をもっているようだ。香川県に移住してきたこともきっと無関係ではあるまい。平山さんに、生活する土地を案内してほしいとお願いした。
うどん、喫茶、バー
香川県の代名詞であるうどんは、善通寺の近くでもすすれる。瀬戸内海のイリコの香りが豊かな名店が「宮川製麺所」だ。
「ズルッ、ズルズルッ……うん、おいしい。街のうどん店と違いますよね。昔ながらの製麺所で、麺の湯がきも出汁を注ぐのもセルフ。高松市内だと『松下製麺所』もたまに行きます。今はコシの強い店が多いですが、ここは柔らかめ。オールドスクールな味もおいしいですよね」
ことでんのターミナルである瓦町駅のそばには、平山さんも携わる「DORSIA TAKAMATSU」が2024年4月にオープンしたばかり。中学の後輩という福田竜馬さんが手がける、神戸の人気喫茶店の2号店だ。プリンやたまごサンドなど、古きよき喫茶店のメニューが並び、早くも話題となっている。
その近くには隠れ家バーの「ラフシンポー」がある。昭和から変わらずにあり続ける、オーセンティックな空間だ。
「高松はほどよく都会で、海が近いのでのんびりした雰囲気です。自転車でどこにでも行けますし、生活の範囲を広げながら、それも作品にできたらと思います」
KAGAWA Guide
善通寺
香川県善通寺市善通寺町3-3-1
TEL:0877-62-0111
宮川製麺所
香川県善通寺市中村町1-1-20
TEL:0877-62-1229
松下製麺所
香川県高松市中野町2-2
TEL:087-831-6279
DORSIA TAKAMATSU
香川県高松市塩上町2-1-16
ラフシンポー
香川県高松市福田町12-10
TEL:087-821-9089
平山昌尚 / Masanao Hirayama
1976年生まれ。香川県在住。「HIMAA」の名でも知られ、落書きのようなユーモアあるドローイングや絵画、パフォーマンスで知られるアーティスト。2024年5月フランス・パリのYVON LAMBERTにて個展「NICE」(ニース)を開催。