四国の名峰・石鎚山から続く、清流・仁淀川河口からほど近く。ここに世界でも類を見ない塩工房が、2021年3月に完成した。オーナーは、若き塩職人・小松拓磨さん。職人としての名は、「田野屋銀象(たのやぎんぞう)」という。銀象さんは、完全オーダーメイドの天日塩を手掛け、全国的にも有名な塩職人・田野屋塩二郎氏のもとで修業を積んだ後、独立。場所探しにも時間をかけ、満を持して手掛けるのが、「おそらく世界初」という地下海水を汲み上げてつくるという完全天日塩だ。
高知県では20~30年前から始まったといわれている完全天日塩。加熱して作られたものや精製塩と比べ、完全天日塩は、ミネラル分が抜群に多いことが大きな特徴だ。さらに、このあたりの地下海水には、仁淀川の地下水が混ざり合っている。つまり、山の恵みもふんだんに入っているためミネラル分が豊富で、より繊細な味わいを引き出せるのだという。
「ミネラルはひとつひとつ味が違います。カリウムは少し酸味に近い味、マグネシウムは苦味、カルシウムは塩のなかに入ると相対的に甘味を感じたり。どのミネラルをどれだけ残して結晶化させるのか、そのバランスによってまったく違う味になります。細かいパウダー状の塩から、大きいキューブのブロック塩まで、ブロックの塩結晶の形や大きさによっても味は変わります」
真新しいビニールハウスの工房には、塩を作るための箱がズラリと出番を待ち構えている。各々の箱で完成するのは、それぞれに味、食感、口当たりの異なるオーダーメイドの塩。銀象さんは狙った味を自在に引き出せるというが、その技術はまるで、ゆっくり時間をかけて施す“魔法”のようだ。
「完全に感覚なんです。ただ、作業としてやることはたった3つ。まず、箱に入れた海水を、その日の天候や季節、風の強さを見ながら、1~2時間おきにヘラで混ぜること。2つめは、海水を継ぎ足すこと。最後に、窓の開け閉めで室内の気温と湿度、風の入り方や流れ方をコントロールすること。完成までは最短で2ヶ月、長くて6ヶ月かかることもあります。ゆっくり塩を育てているからこそ、作り分け、オーダーメイドができるんです」
24時間365日体制で塩の世話をするのは、銀象さんと奥さんのふたり。「塩は生き物だと思っていて。誰かが工房に入ったら絶対に分かります。塩が教えてくれるから」と話す銀象さんたちにとって、塩はまるで彼らの子どもみたいだ。試作中の塩を口に入れると、優しく奥行きのある繊細な味わいが広がった。それは、美しい海と山と川と、彼らの愛情の結晶だ。