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Japan Long Trail Walker

大辺路ハイカーは観音浄土の夢を見るか?

熊野古道・大辺路 和歌山県

日本を代表するロングトレイルで、平安時代から歩かれてきた信仰の道・熊野古道。なかでも大辺路は、海岸線の風景を楽しめることから信仰と観光を兼ねて旅する人々や文人・画家たちに愛されてきた。紀伊田辺(田辺市)から那智の補陀洛山寺を結ぶ約120kmのルートは中辺路よりも距離が長く、「四十八坂」と呼ばれる小坂が続き、海と低山のコントラストが美しい。今回は串本から補陀洛山寺までの40km弱をハイクする。

12/19/2025



新旧の魅力が混在する、2020年代の大辺路


「久しぶりに古道を歩きたいね」なんて話をしていたタイミングで飛び込んできたのが、熊野古道・大辺路ハイクのお誘いだった。全行程120kmのうち串本から補陀洛山寺までを歩きながら、開創1,200年の宿坊に宿泊し、海辺のカフェや、移住アーティストが開いた隠れ家的なギャラリーショップに立ち寄ろうというもの。

企画してくれたのは、デザインで和歌山県各地の魅力を掘り起こす「ヒトノハ」代表の岩倉昂史さん。岩倉さんいわく「大辺路ハイクは自然と里山文化、古きよきものと新しいものが交錯する点が魅力」だという。

スタート地点は、本州最南端の町にして橋杭岩で知られる串本。ゲストは白浜町在住の画家で南アフリカ出身のレボ・トラディさん。串本駅から鬮野川に沿って設けられている大辺路に入り、清流・古座川の河口にある古座を目指す。

天然の生マグロで知られる勝浦漁港。日本有数の生マグロの水揚げ基地というだけあり、たくさんの漁船が行き来する

江戸時代、紀州藩営の鯨漁で栄えた古座には、大辺路の他にも、司馬遼太郎の『街道をゆく』で有名な古座街道があり、大辺路よりも山側を歩くなち街道などいくつかの街道が整備されていた。捕鯨だけでなく、古座川上流の山奥から運ばれる材木や備長炭が集まる流通の拠点として栄えたようだ。

古座川を渡ってしばらく海岸線沿いを歩く。紀伊田原駅の先にある「熊野古道清水峠入口」の案内版を目印に、串本~那智勝浦間のハイライトである清水峠へ。2016年に世界遺産に追加登録された清水峠は浦神へと抜けるおよそ2kmの古道で、峠の東側には石段や石畳が、西側には昔の古道らしいたたずまいがそのまま残っている。この峠一帯は、地元の有志たちが年長者にヒアリングしながらかつてのルートを探し、埋もれた石畳を掘り出して整備したものだ。

世界遺産と思えないような静けさのなか、切り通し状の峠を抜け、巨木が目印の「休平」でひと休み。清水峠を下ると紀伊浦神の小さな集落に到着。ここからさらに浦神峠まで登り返す。途中、紀州備長炭をつくる炭焼き小屋を通り過ぎ、海を一望する峠まで。「右やまみち 左大へち」と刻まれた道標を見ながら山道を下ると、宿泊予定の宿坊、臨済宗大泰寺に到着する。

「Temple Hotel大泰寺」では、ライトアップされた境内を住職が案内してくれるナイトツアーにぜひ参加して。平安、鎌倉、室町時代の仏像を見学し、それぞれがつくられた背景に耳を傾けよう
禅問答しながらサウナ!? 「Temple Hotel大泰寺」の「禅サウナ」

1,200年前に最澄によって開かれた大泰寺には、村を襲う大蛇を封印するために最澄が柳の木から薬師如来像を彫って祀ったという伝説が残る。歴史ある古刹だが、夜の境内を住職に案内してもらう「夜のお寺ツアー」、タブレットを使って禅問答を行いながらサウナでリフレッシュする「禅サウナ」など、現代的なコンテンツが満載だ。

特に平安・鎌倉・室町・江戸と、各時代につくられた仏像の見どころを解説してくれるガイドツアーは必見。「仏像ってこんな見方ができるんだ」と、地元在住のレボも感心しきりだった。

開創1200年のお寺に泊まるスペシャルな体験を提供する大泰寺。なかでも、文化財の仏像や江戸時代の彫り物を収める薬師堂内を住職に案内していただく「夜のお寺ツアー」はぜひ参加したい。ライトアップされた大迫力の十二神将は必見!

翌朝のお勤めを体験後、大泰寺に別れを告げて補陀洛山寺を目指して出発。加温なし・加水なし・源泉掛け流しのすばらしいお湯を楽しめるゆりの山温泉で湯垢離を済ませ、一路、ゴールへ……と思ったのに、やっぱり寄り道をしてしまう。

立ち寄ったのは、古い旅館を甦らせた「manufact jam楓」。つくば市から移住してきた木工作家の古橋治人さんによるギャラリーショップで、自身の作品の他、親交のある作家たちの手仕事の作品を扱っている。

那智勝浦町の「manufact jam楓」で美しい手仕事に触れる

古橋さんが製作するメジャースプーンやバターナイフは、木目の美しさもさることながら、泥染め・漆仕上げの表情や柄の造形にほれぼれ。精緻な手仕事に触れて心も晴れ晴れ、意気揚々とゴールに向かう。

編集長ルーカスも完落ちした、「喫茶ユータウン」の絶品ホットケーキ
開放的な空間が気持ちのいい「汽ノ舎」。西村伊作設計の日本基督教団紀南教会至近


庶民は熊野を、僧は補陀洛を目指す


補陀洛山寺は仁徳天皇の時代に、インドから熊野に流れ着いた裸行上人によって開山されたといわれる。「補陀落」とはサンスクリット語のポータラカ(=観音浄土)の音訳だ。

かつてこの寺の前の浜では、僧たちにより「補陀落渡海」という一世一代の行が行われた。窓も扉もない船に乗り込み、熊野灘の南の果てにあると信じられた補陀落(観音浄土)を目指したというが、庶民が甦りを求めて熊野を目指したように僧たちも観音浄土での救済を夢見たのだろうか。境内に展示されている復元された渡海船を目にし、甦りの地・熊野に息づいた捨て身の信仰と過酷な行に思いを馳せた。

補陀洛山寺に詣でた2日目の夜は那智勝浦「WhyKumano」に後泊。到着の興奮も冷めやらぬまま、おすすめされた小料理店へ出かけた。

「割烹BAR EL CAMINO DEL POETA(エル・カミーノ・デル・ポエタ)」は、「詩人の巡礼道」という店名どおり、詩人の佐藤由明さんが妻のさゆりさんとともに営む。

那智勝浦町の夜のランドマークがこちら。「割烹BAR=EL CAMINO DEL POETA」の詩人、佐藤さん

おばんざいとスペイン流のピンチョスを融合した「OBANTXOS(おばんチョス)」として提供されるのは、地物の旬食材を使った料理の数々。地元の鮮魚店に生まれたさゆりさんの目利きとセンスが炸裂する。BGMは、いかにも詩人らしい語り口による、“人生”という巡礼道についての物語。

バックバーに並ぶのはピーティなスコッチウイスキー。ひと晩では到底攻略できない「エルカミ」で、信仰の道・大辺路のオーラスを飾るにふさわしいディープな夜が更けていく。

那智勝浦町にある「WhyKumano」は、街全体を回遊するように楽しんでほしいという思いで造られた、分散型の宿泊体験を提供する施設。今回はカフェを併設するホステルのドミトリーに宿泊。カフェではこんなラタトゥイユサンドをオーダーできる
びっくりするほど水が冷たい太田川。水遊びをしながらクールダウン
大辺路の旅、番外編。補陀洛山寺に到着後、時間があったら熊野那智大社、そして那智の滝まで足を延ばしても




Trail Guide
Temple Hotel大泰寺
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町下和田775
TEL:080-2781-3483
汽ノ舎
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町下里2727-7
TEL:080-9256-7967
manufact jam楓
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町湯川1085
TEL:0735-40-0012
WhyKumano
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町築地5-1-3 2F
TEL:0735-30-0921
割烹BAR EL CAMINO DEL POETA
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町勝浦333
TEL:070-4087-6762
喫茶ユータウン
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町朝日4-79
TEL:0735-52-2387

大辺路オフィシャルマップはこちら
https://www.wakayama-kanko.or.jp/asset/map/oohechikaidomap


軽量なmacpacのトレッキングパックで
熊野古道を歩こう

カフェでの休憩からシングルトラックの峠越えまで、さまざまなシーンに遭遇する熊野古道ハイク。今回の旅にチョイスしたのは、シンプル&軽量なトレッキングパック「ヘスパー30」。本体重量わずか約730gという軽量さと通気性の高い背面パネルのおかげで軽快に行動できる。大容量のサイドポケット、大きく開くU字型の開口部など、計算されたディテールでアクティビティがより快適に。

macpac story
那智大社へは、裏道で!紀南注目の太田川流域沿いをデイハイク。
macpac
ニュージーランドの自然環境が生んだシンプルで機能的なバック、リュックを幅広く展開するアウトドアブランド
text | Ryoko Kuraishi photography | Yasuyuki Takagi special thanks | Wakayama Tourism Federation, Nachi Katsuura Tourism Organization, Takashi Iwakura (HITONOHA Inc.)