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キッチンから惜しみなく贈られ続ける
“みんなの味”でつくった“ママの味”

時代と年齢に合わせてしなやかにスタイルを変化させつつ、変わらない軸は料理すること。半世紀におよび鍋を振るい続ける料理人・斉風瑞。彼女の物語は、『キッチンから花束を』というドキュメンタリー映画となった。

06/18/2024

伝説の店は、なおも現役


東京・青山に、何十年もの間、行列の絶えない店がある。斉風瑞(さい・ふうみ)、通称“ふーみんママ”が1971年にオープンした「ふーみん」だ。25歳で中華風家庭料理店のオーナーシェフとして独立。料理はもともと得意だったものの、学校で学んだり飲食店で修業したりした経験はなかったという。しかし8坪もない小さな店は移転も経て、コックを何人も抱える規模の店へと成長。そして70歳になったとき、一緒に切り盛りしていた甥に店を任せ、ママは「ふーみん」を引退した。

とはいえ、料理も店もやめたわけではない。彼女は、いまの自分の身の丈に合ったスタイルで仕事を続けている。個人で営む小規模な料理屋の主人に再び戻ったのだ。

厨房から一般家庭の台所になって、料理の方法も変わったというママ。

「たとえば、店では鶏や豚の骨からスープを取っていたけど、同じように家でやるのは大変。ゴミもたくさん出ます。だからいまは、ひき肉でスープをつくっています。ダシ殻も無駄にせず、特製そぼろにしてお客さまにお出ししているんですよ」

苦肉の策(?)から生まれたこのそぼろ、いまでは固定ファンもしっかりついている。いかに無駄をつくらずに素材を生かしきるかも、ママが料理を続けていくうえでのテーマのひとつだ。


みんなの味が、ママの味


「あるときね、青菜炒めを食べたお客さまから、しょっぱいと言われたの。でも厨房のみんなで味見してみたら、ちょうどいい塩加減なんです。それをお客さまにお伝えすると、『私はスープまで飲むから』とおっしゃった。ああ、なるほどと納得して、それからはスープまで飲めるような味つけをするようになりました」

そんなふうに、お客からもいろいろなヒントをもらって変化させてきたからこそ、自分の味が確立した、とママは言う。自分の味覚と他人の味覚は違う。味覚は、究極的には好みの問題だ。だが“みんなの味”によって確立したのが、他でもない“ママの味”になったというのが逆説的で面白い。

「あらためて思うのは、やっぱり人間、素直なほうが得ですよ。聞く耳をちゃんと持って他人の意見を受け入れるほうが、結局は自分にプラスになるんじゃないのかしら。最初の店では特にクリエイターのお客さまが多くて、彼らを見ていると、一芸は多芸に通ずっていうのはまさに実感するところ。私は料理しかできないのに、それもまだ一芸に達していない。でも、だからこそ、いろんなことを吸収できるんじゃないかな」

50年も料理の道を進んできたママが、まだ一芸に達していないと自己評価することに驚く。けれど料理人もクリエイターであるならば、探求を止めた時点でクリエイティビティはきっと消滅してしまうのではないか。


キッチンから花束を送り続けて


緑の木々に囲まれたマンションの一室で心機一転、2021年に始めた店が「斉」だ。

「現状の自分に合うお店をやっていきたいとは、何年も前から考えていたこと。理想的な場所に出会って、そこで自分のやりたかったことができて、いまは夢のよう。終活ともいえますね(笑)。週に2日だけの営業で、1日1組限定で。お客さまにとっても贅沢な空間ですけど、私にとっても贅沢な仕事をさせていただいているなあと思います。いろいろ苦労もしてきたけれど、喜んでいただけることでお客さまにお返しをするようなことができれば最高です。いつまで続けるつもりかって? 一応、生涯現役を目指しています。私ができることは、これしかないのでね」


ママの味を幸せそうに語る人たち


『キッチンから花束を』は、斉風瑞のドキュメンタリー映画。「ふーみん」の仕込みや営業の様子、ルーツである台湾への旅の記録。そして店を支えてきた数々の人たちのコメントで構成されているのだが、名物料理の「ねぎワンタン」が生まれるきっかけをつくった和田誠を夫にもつ平野レミや、店のロゴを描いた五味太郎以外もみな、じつはクリエイターや業界人など、見る人が見ればわかる錚々たる顔ぶれ。著名人の出演は映画の大きなウリにもなるはずだが、敢えてそれをせず、彼らをアノニマスで登場させているのは、ママの料理の前では、誰もがみなキッチンからの花束を受け取る、平等な立場になることを意味しているのかもしれない。



【映画情報】
キッチンから花束を
斉風瑞(さいふうみ)と南青山「ふーみん」の物語
2024年製作/89分/日本/ギグリーボックス
監督:菊池久志 
語り:井川遥 
音楽:高木正勝
劇場公開日:2024年5月31日
https://negiwantan.com

text | Mick Nomura(photopicnic) photography|Jiro Fujita(photopicnic)