漆黒のトンネルを抜けて | マタギ Akita Mountain Hunters 3

外の光がまったく入らず、影が見える様子はまるでない。永遠に続く漆黒の闇。宇宙の果てに見える星のように、ピンの頭ほどの光が闇に穴をあけた。1両構成の電車は、その光に向かって進んでいく。この全長5,697mのまっすぐなトンネ […]

03/10/2015

外の光がまったく入らず、影が見える様子はまるでない。永遠に続く漆黒の闇。宇宙の果てに見える星のように、ピンの頭ほどの光が闇に穴をあけた。1両構成の電車は、その光に向かって進んでいく。この全長5,697mのまっすぐなトンネルは山を貫き、北秋田でクマを狩る人々の土地へと続く。
「マタギになるためには、クマ狩り以外に必要なことがたくさんあるんです」、船橋陽馬が、私たちにそう語った。彼は北秋田でいちばん若いマタギである。東京でファッションを勉強し、ヨーロッパで暮らした経験をもち、現在はフリーの写真家として活動している。マタギ歴はまだ1年。山刀を持つことは許されたが、まだクマを狩ることは許されていない。見習いとして、まずは猟場の地形を覚えるため、勢子(クマを追い上げる役)をしている。船橋は今から1年ほど前に、四方を山で囲まれた根子地域に引っ越してきた。若いフリーの写真家がマタギになれるなんて、マタギ古来の儀式や信仰は驚くほど変わったに違いない。今のマタギはクマの毛皮ではなく、ルールにより決められた明るいオレンジ色のベストを着ている。船橋にいくつか質問してみた。
狩りに出る前の儀式はやっているか?
「はい。皆で山神社にお参りします」
女性は狩りに参加できるか?
「昔からのマタギの方は、女性が加わると狩りが失敗に終わると考えていますね。山の神が女性だから嫉妬するそうです」
クマを狩ったあとの儀式は?
「ケボカイという儀式を行います。授かったクマを決められた方向に向けて置き直し、クマの霊を鎮め、呪文と共に感謝の気持ちを唱えます」
船橋は私たちを、森のなかに案内してくれた。そこでは高く伸びた木々の間を縫って、透き通った小川が流れている。私はトンネルのなかで見た光景を思い出してみた。深い闇のなかをさらに進むと、完全な無だった闇が巨大なクマの形に変わった。唸り声をあげながら、私たちを乗せた小さな電車を見下ろし、大きく開けたその口に吹雪が吹きつける。世の中が迷信と謎に満ちていた1600年代には、こんな森でツキノワグマに遭遇するのは本当に恐ろしかったことだろう。あの山々は生と死の世界を、そして肥沃な平地に生きる人々の世界と古い森に潜む悪魔や神々が支配する超自然界をつなぐ通路に他ならなかった。「マタギであるために大切なのは、クマを狩ることだけではありません」、船橋はもう一度言った。「大切なのは山で生きる、ということです」、そう言って、彼は川上の方向に歩き出し、森の闇へと向かっていった。
 
船橋陽馬
新人マタギ。写真家。1981年、秋田県男鹿市出身。2012年より根子集落に移り住み、マタギの文化や山間の人々の暮らしを伝える。yomafunabashi.com
 
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