修行者を支える存在|山伏ー山の行者たち 2

山伏は死に臨むため、白装束に身を包み、大きなほら貝と杖を手に山に入っていく。9日間を山中で過ごす「秋の峰入り」で生き延びることができれば、命の本質、すなわち「森羅万象」に一歩近づくことができるのだ。山の修行は秘儀として、 […]

03/05/2020

山伏は死に臨むため、白装束に身を包み、大きなほら貝と杖を手に山に入っていく。9日間を山中で過ごす「秋の峰入り」で生き延びることができれば、命の本質、すなわち「森羅万象」に一歩近づくことができるのだ。山の修行は秘儀として、千年以上もこの地で守られ、山伏たちによって受け継がれてきた。山伏たちが、食べ物も水も断ち、ほぼ不眠という状態で、身体を苛酷な状況に追いこんでいることはわかっている。しかし、これ以上のことを聞きだすのは難しい。「修行のことは話せません」、81歳の宮田和雄は言う。 「身体で学ぶしかないものですから」。宮田は「笈(おい)送り」として、山伏の修行や儀式を手伝っている。それ以外の時期は、この地域にふたりだけとなった茅葺き職人として働いている。最近、羽黒山の2,446段の石段を登り切ったところにある出羽三山神社の屋根を葺き終わったところだ。東西南北と4面ある屋根を、1年に1面ずつ葺きかえるのだが、ちょうど今年、全面が完成した。
山伏の数は1940年代から1950年代の間に激減し、修行者たちを支える「笈送り」になる人もなかなか見つからなくなった。そんな折、宮田は荒澤寺正善院の前住職(前述の島津大先達の父親)に、茅葺きの腕などを見こまれ、手伝ってほしいと頼まれたという。山伏たちをうまくサポートするために、彼は「その儀式のあらゆる部分を」知り抜いているだけでなく、修行が円滑におこなわれるよう影で修行者たちを支える重要な役割を担っている。山中でおこなう修行は非常に厳しく、精神的に生まれ変わる前に本当に命を落とした人もいる。
「秋の峰入り」は、自己の弔いの儀式からはじまる。大日如来=宇宙と一体となって生まれ変わることを覚悟し、修行者は笈のなかに自分の魂を入れる。そして、一旦死んだ魂に新たな生命を宿らせる儀式として、「梵天奉納」がイザナギとイザナミを祀る黄金堂でおこなわれる。修行者の魂の入った笈は、彼らとともに旅をしながら、十界(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人界・天界・声聞・縁覚・菩薩・仏界)と呼ばれる修行を象徴的にこなしていく。地獄界の修行は、通称「南蛮燻し」と呼ばれる「火鉢作法」だ。宮田のような従者が唐辛子や米ぬかなどの入ったものを燃やし、煙を出して地獄のような状況をつくりだす。修験者たちは強烈な煙に涙を流し、顔をゆがめ、身をよじり、苦痛に必死に耐えながら祈祷を続ける。
修験道の儀式では、象徴と現実の間に紙一重の差しかない。もっとも価値ある儀式は、書物などには書かれていない「身体で学ぶしかない」ものである。
掲載記事:Papersky No.34 より
Photography & Text: Cameron Allan McKean, Coordination: Lucas Badtke-Berkow