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木彫り熊に会いに、北海道八雲町へ

誰もが知る存在でありながら、じつは隠れた歴史をもっている北海道の木彫り熊。そのルーツである八雲町を、木彫り熊を研究する「東京903会」の安藤夏樹がナビゲート。これまでのイメージを覆す、未知の木彫り熊に出合いに、いざ八雲町 […]

09/19/2019

誰もが知る存在でありながら、じつは隠れた歴史をもっている北海道の木彫り熊。そのルーツである八雲町を、木彫り熊を研究する「東京903会」の安藤夏樹がナビゲート。これまでのイメージを覆す、未知の木彫り熊に出合いに、いざ八雲町へ。
北海道の木彫りの熊。そう聞いてまず頭に思い浮かべるのは、鮭を咥えた熊だと思う。誰もが知ってるあの北海道みやげ。ピッカピカに黒光りしたやつ。実家のテレビの上にあったという人も多いはずだ。でも、じつは、北海道で最初に彫られた木彫り熊は鮭を咥えていなかったし、そもそもルーツはスイスにあって、尾張徳川家が日本に産業として持ち込んだものなんだ! なんて言われたらびっくりするかもしれない。
始まりは北海道の下のほう、ちょうどくびれているところに位置する八雲町だ。現在は日本で唯一、太平洋と日本海の両方に面することで知られるこの町は、明治時代、廃藩置県により職をなくした旧尾張藩士たちのため、尾張徳川家が主導し、開墾を始めたところだった。多くの旧藩士は農民となり、第一次世界大戦の頃にはでんぷんの製造などで成功を収めたけれど、その好景気は長くは続かなかった。過酷な北海道の自然のもとでは、農作物を安定的に育てることも難しかったという。そこに現れたのが、尾張徳川家の19代当主、徳川義親だった。
この地での冬場の厳しい生活を見た義親は、農民たちの生活を少しでも向上させたいと考えた。そんな折、旅行先のスイスで出合ったのが、木彫り熊を含むペザントアート(農民美術)だった。北海道と同じく、厳しい冬を持つスイスにあって、農民たちの文化的な楽しみであり、貴重な現金収入にもなっていた木彫り制作。それを目にした義親は、すぐさま購入すると、八雲へと持ち込み農民たちに彫ることを奨励した。大正13年には「第一回農村美術工芸品評会」を開催して大盛況を収めたが、このとき、スイスのものを真似た木彫り熊が出品されている。酪農家であり、後に木彫り熊の指導的立場についた伊藤政雄が彫った「木彫り熊第一号」である。
その後、八雲では「農民美術研究会」が発足し、木彫り熊の制作が盛んに行われることになった。当初はスイスの熊の模倣だったけれど、徐々に「八雲らしさ」を追求しはじめるようになる。八雲の木彫り熊は、まるまるとして可愛らしい姿のものが多く、荒々しく吠える姿の熊は多くない。その理由は、自然に生きる熊を彫ったアイヌの熊とは違って、義親が農民たちのために飼育した熊を参考にしているからとも言われている。
現在ではすっかり彫る人も減り、なかなか目にする機会がなくなってしまった八雲の木彫り熊だけど、八雲町を訪れれば今でもたくさんの作品に出合うことができる。何と言っても、まず足を運ぶべきは「八雲町木彫り熊資料館」だ。ここには、大正時代から現代にかけて彫られた八雲の熊がずらりと並べられており、その歴史を学ぶことができる。
必ず見てほしいのが、伊藤政雄によって彫られた「北海道の木彫り熊第一号」。こうもり傘の骨を研ぎ、彫刻刀の代わりにして毛を彫ったといわれ、眼には釘が使われている。小さな熊だけど、凄みを感じる作品だ。そのすぐ近くには、義親がスイスから持ち帰り、モデルとなった木彫り熊も展示されているので、比較しながら見ると楽しい。
さらに資料館の展示を見ていくと、八雲の熊に共通するいくつかの特徴があることに気づくだろう。まずはつぶらなガラスの目。北海道の他の地域で彫られている熊にも、ガラスの目を入れたものはあるけれど、これはスイス由来の技法で、北海道では八雲が始まり。同様に、熊が人間のように絵を描いたり、楽器を吹いたりする姿で彫られる「擬人化」もスイスの熊を参考にしたものだ。一方、熊の肩甲骨の間にある「菊型毛」と呼ばれるつむじや、毛を彫らない「面彫り」は、八雲で生まれた独自のスタイル。「八雲ならではの熊彫を生み出したい」という当時の人たちの心意気を感じることができる。
また、作家ごとに異なる作風も観賞の際の楽しみのひとつ。たとえば、戦前に活躍し、緻密な毛彫りが美しい十倉金之の熊。十倉は川合玉堂のもとで日本画を学び、八雲独自の木彫り熊の特徴を生み出した立役者のひとりだ。現在、十倉作と確認されている木彫りの熊は非常に少ない。続けて、戦前から1990年ごろまで活躍した柴崎重行の作品。独自の「ハツリ彫り」はカッコよく、近年ファンが急増中。戦前の作品から、1990年前後までの柴崎の作品を、一度にこれほどの数見られるところは、ここを置いてないだろう。ほかにもさまざまな作風の作家がいるので、自分好みの作品を見つけるのもいい。また、資料館では、八雲の熊以外に、旭川など、北海道各地で彫られた木彫り熊も見られる。
資料館以外にも、八雲の町を歩いているといたるところで木彫り熊の姿を見ることができる。今回はそのなかからふたつのディープスポットを紹介しよう。まずひとつ目は、駅前にある「喫茶ホーラク」。元は漁師だったというマスターの山戸さんが夫婦で営むこの店には、壁一面に八雲で彫られた熊が並ぶ。それらは、多くの人に八雲の熊の魅力を知ってもらいたいと、地元の人たちが家で大切にしてきた熊たちを持ち込んだものだ。マスターにお願いすれば、貴重な熊を実際に手にとって見ることもできる。コーヒーを飲みながら、地元の人たちと木彫り熊談義に花を咲かせるのもいい。
もう一軒、「すーさん焼きの店コパン」は、今年、木彫り熊資料館のすぐ近くにできたばかりの新たな“木彫り熊スポット”だ。76歳から独学で熊を彫りはじめたという異色の作家、鈴木吉次。吉次の彫った熊はユニークな姿で人気が高いのだけれど、その孫の平野さんが71歳になったのを機に始めたのが、じいちゃんの熊を象ったオヤキ「すーさん焼き」だ。店内にはモチーフになった「木彫りの熊のマスク」も飾られ、吉次さんの思い出話を聞きながらおやつタイムを楽しめる。
誰もがその存在だけは知っている北海道の木彫り熊。その本当の魅力を体験しに、ぜひ八雲町に足を運んでみては。
 
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