クラフト作家・上原かなえさんと巡る 木の文化を受け継ぐフィンランドの旅

「わあ、前と全然違うなあ」 上原かなえさんは空港からヘルシンキ市内へと向かう車の窓から流れ去る風景を眺めて、こうつぶやいた。「前」とはつまり1年半ほど前のこと、上原さんは初めてフィンランドを訪れていた。出発地では日本では […]

08/13/2015

「わあ、前と全然違うなあ」 上原かなえさんは空港からヘルシンキ市内へと向かう車の窓から流れ去る風景を眺めて、こうつぶやいた。「前」とはつまり1年半ほど前のこと、上原さんは初めてフィンランドを訪れていた。出発地では日本ではなく、同じ北欧の国から。当時、デンマークに1年間の留学をしていた彼女は、休日を利用してここへ旅行にやってきていたのだ。
たった1年半ほど前のことなのに「全然違う」ものとはなんだろうか。それはフィンランドの景色にとって欠かすことのできない、木々の色。前回の訪問は真冬。時にはマイナス20°Cにもなるヘルシンキの周辺では、シラカバは葉が落ちて寒々しい姿を晒し、マツやトウヒは冷たい雪をかぶっていた。そんな木々たちが今、青々とした葉を日光浴させるように、その枝を伸ばしている。眩しいほど明るく晴れた初夏のフィンランドは、見違えるような表情を見せていた。
上原さんが北欧に惹かれ、留学を考え始めたのは、やはり自らが専門とするペーパークラフトの魅力に目覚めてからのこと。薄い紙を40枚以上も重ねて貼りあわせ、蜂の巣(ハニカム)状に広がる構造のシート「ハニカムペーパー」のクラフトに出会い、夢中で取り組むようになった。日本を含め世界各地に類似したものが見られるこの紙のルーツはどうやら北欧にあるという説がある。興味を惹かれて調べるうちに、北欧にはデコレーション用のペーパークラフト文化の長い伝統があると知った。それが留学するきっかけになった。
「ペーパークラフトを教えてくれる学校を探そうと思って、最初はデザインの学校を当たったりしたんですが、専門的に教えてくれるところがないんです。でも考えてみればそれは当然で、日本にも折り紙の技術を教えてくれる大学の学科はありませんよね。つまり、私の学びたいペーパークラフトはアカデミックなものではなくて、普通の人々の生活のなかにある“手の遊び”から生まれたものだったんです。それに気がついて、さらに北欧の暮らしをもっとよく知りたいと思うようになり、機織りや編み物などを教えてくれる手芸学校に入ることにしました。現地ではクラフトのワークショップを始めて、教え合いながら彼らの生活のなかに入って、その様子を覗かせてもらうことができました」
「普通の人々の普通の暮らし」から生まれるもの。デンマークでの生活は大学で学べないものをたくさん得ることができた。
「イースターの日に、紙を折ってつくった切り紙に春の訪れを詠んだ詩を書き入れ、自分のイニシャルの文字数分だけの◯を記して、手紙に忍ばせて送るという習慣があったり。もともとは男性が女性に送るラブレターだったみたいなんですけど」
こうした生活に密着した伝統的なクラフトは、北欧だけのものでなく「日本にもずっと昔からあったもの」だと上原さんは言う。民藝などの文化をもつ日本は、手を動かす工芸の長い歴史と厚い層がある。そして上原さんもまた、小さいころから手でものをつくるのが好きだったという。母がキルトの先生をしていたので、自宅には端切れなどの細々したものがたくさん散らばっていた。そうした素材を集めて、いろいろなものをつくって遊ぶのが好きだった。大学ではグラフィックデザインを学んだが、卒業後は洋服をつくるアトリエに入って仕事をした。仕事をするなかで、手を動かして試行錯誤する工程が好きな自分に気づいた。デジタルからアナログへ。1年間の北欧留学は自分のルーツを確認する旅でもあった。
「帰国後は、自分が感じた魅力を伝えていかなきゃなと思って、たびたびワークショップをやるようになりました。日本でも少しずつ手仕事が失われている現状があって、使命感じゃないけれど、その楽しさを味わってほしいという気持ちがありますね」
じつは上原さんとフィンランドのつながりは、前回の旅行だけにとどまらない。彼女の夫である熊野亘さん(P.64参照)はフィンランドに7年間暮らし、活動した経験をもつデザイナーだ。今回の旅で上原さんは、かつて夫が木工とデザインを学んだアールト大学を訪問することもできた。
「フィンランドを代表する建築家であるアルヴァ・アールトは木をふんだんに使い、素材のよさを活かしながら、手を動かして考えた。この国にはそうしたアナログなものづくりの文化が今も受け継がれていると感じました。絶対に人間の手ではつくり出せない自然と、人間の手でしか生み出せない建築や工芸。その間で、木がすごく重要な役割を果している。その関わり合いのバランスがすごくいいなあと。実際にフィンランドの各地を旅してみて、彼らにとって自然は本当に身近にあるものなんだと実感できました。マリメッコのテキスタイルにも花や木々をモチーフにしたものがたくさんありますが、そうしたデザインが自然と生まれてくる環境があるんですよね」
フィンランドの国土の75%におよぶという森に対する、人々の思い。振り返ってみれば、日本にも同じように、国土の大半を占める山と木があることに気づかされる。
「だけど私たちは、その自然の存在を身近に感じられているのかどうか。旅するなかで、木は私たちのアイデンティティなんだ、とさらりと言えるフィンランドの人たちに出会って、考えさせられるものがありましたね」
その存在のありがたさを、魅力を、多くの人が感じられるようになるために、何が必要なのか。そこでもやはり最後に立ち戻るのは、「伝えていくこと」の重要性だ。
「木を身近で大切に思う気持ちが、何代にもわたって受け継がれている。そこにはやはり、それを伝えていく努力がある。今回訪れたプンカハリュの森林博物館『LUSTO』も、森と人間との長い関わりを大人にも子どもにもわかるよう、とても興味深い形で展示していて、この国では、森林は生活の場でもあるし、経済を支える資源でもあるということが実感として伝わってくる。そして、木は資源ではあるけれど、一方で神聖なものであり、尊敬すべき存在でもある。妖精などの神話や伝説もずっと語り継がれている。人と自然とのつきあい方をすごく上手に伝えているような気がします」
手を動かすクラフトの楽しさと、身近な素材を大切にし、活かすことの大事さ。北欧で得た学びを、上原さんは日本に少しずつ伝えていきたいという。大きな使命に、道のりは長いようにも思える。しかし彼女は「そこに魅力があるから大丈夫」と気負いなく前を向く。「わたしたちのすぐまわりにすばらしいものがたくさんある。だから、それを味わう体験があればいいんです。それをみんなが感じることができたら、何もしなくても勝手に伝えられ、受け継がれていくと思うんですよね」
 
上原かなえ | Kanae Uehara |
1980年、鹿児島生まれ。アパレル会社で服飾デザインに携わり、サルビアに入社し、ものづくりに携わる。2008年より「サルビア工房」として、紙や布など身近な素材で暮らしを彩る作品を発表。雑貨デザイン、クラフト本の執筆、ワークショップ指導、ディスプレイ展示などの活動を行う。著書に『ハニカムペーパー・クラフト』(グラフィック社)、『北欧のかわいい切り紙』(河出書房新社)など。 www.salvia.jp
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