ボサノヴァが辿った道のり。"聴く"ためにつくられた新しい音楽

ルイ・カストロは世界で最も深く、ボサノヴァについて研究した人物のひとり。そんな彼に、この音楽が誕生した発端や、ボサノヴァが内包する力について意見を訊いた。言葉の断片から、偉大な創造の歴史が垣間みえる。 カストロがボサノヴ […]

07/25/2016

ルイ・カストロは世界で最も深く、ボサノヴァについて研究した人物のひとり。そんな彼に、この音楽が誕生した発端や、ボサノヴァが内包する力について意見を訊いた。言葉の断片から、偉大な創造の歴史が垣間みえる。
カストロがボサノヴァと出会ったのは11歳のとき。あまりの衝撃から狂ったようにレコードを集め、音を聴き込み、音楽家たちに会って研究を進めていった。それだけ新しく、未知の魅力に満ちたボサノヴァという創造物。このリズムはいったい、どのような要素を取り込みながら誕生したものだったのか、カストロはこんな意見をもつ。
「アフリカ系移民がルーツとなったサンバ、そこから派生したもう少しゆったりとしたリズムのサンバ・カンサォン。そして19世紀にリオで生まれた伝統音楽、ショーロ。これらがミックスしてできたのがボサノヴァだとよくいわれるけど、じつはもっと複雑で、さらに多くの音楽が交じり合った結果だと思う。ジョビンはワルツにも傾倒していたわけだし、もちろんジャズが与えた影響は大きい。他の音楽と混ざると世界中、どこででもおもしろい効果を生むジャズは、ボサノヴァの大きな軸になっているね」
定説では、1958年、ジョビンやヴィニシウス・ヂ・モライス、ジョアン・ジルベルトらによってつくられた『Chega de Saudade(邦題・想いあふれて)』がボサノヴァの端緒だとされる。この音楽が生まれた背景について、カストロはこう話した。
「59年、リオの大学で開催されたライブで聴衆が熱狂し、ブームが始まったように思われているけど、そのときは3,000人くらいがすでに集まっていたわけだ。じつは、その10年ほど前からボサノヴァの動きは始まっていて、この街ではクールな音楽として知られていた。ダンスするためにつくられたサンバと決定的に異なり、ボサノヴァは”聴く”ためにつくられたものだった。そこが新しかったんだ。ジョビンと会って話すと、文学や詩、哲学といった内容が多く、音楽の話題は少なかった。家には難しいテーマの書物や自然科学関連の図鑑がいっぱいだったね。そういう知的な部分も、ボサノヴァの曲づくりには反映されていて、リオのファンには刺激的だった。もちろんジョビンやヴィニシウス、ジョアンだけでつくり上げたわけじゃなく、街全体が新しいものを望んでいたし、特に学生を中心とした若い世代が知的な音楽を求めていた。ボサノヴァはまさに時代の空気を映し出したムーブメント。単なる音楽のジャンルではなく、思想だね」 そんなボサノヴァが転機を迎えたのは60年代後半のこと。欧米からロックやソウルの影響を受けつつ生まれた新世代のムーブメントは「トロピカリア」と呼ばれるようになり、音楽を超え、アートや映画などのクリエイションにも変化が及ぶ。一方、この動きに関わったアーティストたちは、同時期に発足したブラジルの軍事政権にも反発。反体制の意志を明確に表明したミュージシャン、カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルらは投獄され、後にロンドンへ亡命することになる。この時期、政治的なメッセージが感じられるようになったボサノヴァ。カストロはこの変革期をどう見ているのか。
「国旗を変えてしまったり、過激な発言をしたりしたアーティストが政権から目をつけられた。それをおもしろがってメディアが話題にしたのであって、トロピカリアが音楽的に大きな動きだったとは思わない。カエターノ本人も自分たちの意志で国を出たと言っていたし、この時期、ボサノヴァが方向転換したということはないね。音楽が政治的メッセージをもつことに反論はないが、ボサノヴァにはそぐわない。創造的で楽しく、聴く人の感性を豊かにしてくれるのがこの音楽の本質であり、リオの住民は今でもこの風味を賞賛している」
将来、再びこうした革新的な音楽がリオで生まれるかどうかについて、最後に訊いてみた。カストロは言う。
「今、流行している音楽は、音量を競うようなものが多い。歌詞も過激だったりね。予想するのは難しいけど、こうした時代を経て、次にはまた優しい音楽が生まれるかもしれない。恋人と聴くためとか、世界を愛するための音楽。そしてメロディや歌詞が、まったく新しい構造でできたクリエイティブな音楽。そういう曲を時代が求めていると思うし、きっとこの街のヴァイブが、新しいボサノヴァを生み出すんじゃないかな」
 
ルイ・カストロ Ruy Castro
ジャーナリスト、作家。音楽、映画、政治など幅広い分野で取材執筆活動を行う。著書『Chega de Saudade』はボサノヴァを扱った歴史書として世界中で翻訳され、高い評価を得た。
クリスティーナ・グラナト Cristina Granato
写真家、ジャーナリスト。30年以上前から、リオの音楽シーンを撮影、取材し続ける。2011年に発表した写真集『UM OLHAR NA MUSICA POP BRASILEIRA』は、著名音楽家のオフショットが多数掲載された快作。
» PAPERSKY #50 Rio de Janeiro | Bossa Nova Issue