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歩くからこそ見えるもの|加藤則芳 バックパッカー

山岳バックパッカーとしての、僕の一番の大きな転換点は、1995年にジョン・ミューア・トレイルを歩いたこと。アメリカのシエラネパ宮山脈にある、340kmのロングトレイルを1ヶ月かけて踏破した。このトレイルはアメリカ自然保護 […]

10/21/2013

山岳バックパッカーとしての、僕の一番の大きな転換点は、1995年にジョン・ミューア・トレイルを歩いたこと。アメリカのシエラネパ宮山脈にある、340kmのロングトレイルを1ヶ月かけて踏破した。このトレイルはアメリカ自然保護の父、ジョン・ミューアを記念して作られたもので、バックパッカーにとって聖地巡礼に値する。だから自分にとって達成感はひとしおだった。それが、自分にとって最初の本格的なロングトレイルだ。
よく「バックパッキングは荷物全部背負わなきゃいけないからいやだ」と拒絶反応を起こす人が多いけれど、自然を楽しむことが本当に好きになると30kg の重さでも背負ったときに背筋がピンと伸びて気持ちが引き締まって、なおかつ重さよりも気持ちが前に出る。はじめは確かにきついかもしれないけど、バックパックを背負って自然の中に入ったときの感動を覚えたら、いつしかその重さが快感になってくるはずだよ(笑)。それを一人でも多くの人に昧わって欲しい。
バックパッキングは歩く過程そのものが目的。歩く速度でしか見えない風景、出会いがある。車では見えないものが見えてくる。あ、でも僕自身は歩くのがものすごく早いんだ。飛ぶように歩くから、あるアメリカ人のバックパッカーが「ホイッスリング・ジャックラビット」と、僕にニックネームをつけたくらいだ。僕は歩いていて気持ちよくなると口笛をよく吹いている。しかも、ジャックラビットは世界で一番大きなウサギで足も驚くほど速い。それが今の僕のトレイルネームでもある(アメリカのバックパッカーは互いにこのトレイル・ネームで呼び合う)んだけど、僕はそれくらいすごい勢いで歩く。でも草花や木、昆虫といった自然は見逃していない。すべて見ているといっても過言ではないよ。僕は自然に対して負荷をかけないという意味で、最も原初的な「歩く」という行為に魅かれる。質素であることの素晴らしさや謙虚さを歩くことを通して学んだ。それに、長い距離を歩ききったときの達成感、満足は言葉では表現し得ないほど大きい。
この4月1日から、総距離3500kmのアパラチアン・トレイルを歩く。南はジョージア州のスプリンガーマウンテンから北はメイン州のマウン卜・カタディンまで延々14の州を貫いてつながっている、この究極の山岳ロングトレイルを歩ききることは10数年来の夢だった。このトレイルはたとえて言えば日本を縦断する距離。そこをバックパックに、いわば家財道具一式を背負って歩いていく。全行程でかかる月日は約6ヶ月。そこを平均1日25km歩いていく。日本の山を基準に考えると気の遠くなる距離だが、それをしないと到達しない。なぜなら10月中旬までに最終ポイントに着かないと氷の世界になってしまうからだ。だからそれまでに到達しなければならないんだ。
なぜ歩こうかと思ったか…。色々調べてみるとアパラチアン山脈というのがアメリカの文化を知る上で非常に面白いエリアで、この山脈にはアメリカの西部開拓以前の文化がいまだに残っている。また、僕は子供の頃から冒険が好きだった。冒険小説や物語を片っ端から読んでいた。じゃあ、なんで探険しないで、既存のトレイルばかり歩いているのか、自分で考えてみた。そしたら、本当は人間が好きだったんだと気付いた。僕自身は、ずっとあんまり人間が好きじゃないと思ってたんだけど、実はそうじゃなかったんだ(笑) 。だからアパラチアンに惹かれる。歩いていて色々なバックパッカーに出会うしね。これがまた素晴らしくて、みんな懐かしい顔して近づいてくる。立ち止まって世間話して、なんでもないことなんだけど、それがとても楽しみなんだ。
 
加藤則芳
1949年埼玉県生まれ。大学卒業後、角川書店編集部に7年間勤務ののち、1980年に退社し、八ヶ岳に移住。八ヶ岳の富士見高原の森に住み、森の生活を楽しみながら世界各地を歩き、国内外の自然や自然保護をテーマにした執筆活動を続ける。現在、横浜市在住。『森の聖者-自然保護の父ジョン・ミューア』(山と渓谷社・小学館)、『ジョン・ミューア・トレイルを行く』(平凡社)など著書多数。
※ このインタビューは、PAPERSKY no.13(2005年)に掲載されたものです。
「Adventure Traveler 地球が誇る冒険者たち vol.4」より
加藤さんが構想から携わり、日本のロングトレイルの先駆けとして作られた「信越トレイル」。紹介ページはこちら
http://www.s-trail.net