生粋の「遊び人」が語る、ハワイ島の今・昔

好きなものは海と、ジャングル、島の自然。嫌いなものは都会と人混み。職業は写真家、文筆家、コーディネーター。ハワイに暮らし周辺の島々を自在に旅して45年、無類の遊び人を自認するニック加藤さんの、愛すべきハワイアン・ライフ。 […]

07/25/2018

好きなものは海と、ジャングル、島の自然。嫌いなものは都会と人混み。職業は写真家、文筆家、コーディネーター。ハワイに暮らし周辺の島々を自在に旅して45年、無類の遊び人を自認するニック加藤さんの、愛すべきハワイアン・ライフ。
写真家、エッセイスト、そしてメディア・コーディネーターとして、日本人に奥深いハワイの魅力を伝えてきたニック加藤さん。彼の現在の住まいは、ヒロのダウンタウンにほど近い、プランテーション時代に建てられた一軒家である。庭に向けて設けられた大きな窓からは、しとしとと雨に打たれるグリーンが見える。ハワイアンの聖地、ワイピオ渓谷の玄関口として知られるホノカアで長らくギャラリーを営んできたニックさんは、還暦を迎えたのをきっかけに本腰を入れて「遊ぶ」ことを決意。ギャラリーを閉め、前からもっていたヒロのこの家に腰を落ち着けた。「朝、泳ぎに行って、庭仕事をして、誰かしらが遊びに来るからコーヒーを淹れて。そうこうするうちに、1日はあっという間に終わってしまう」とニックさん。
オアフ島に暮らしていたニックさんが初めてハワイ島を訪れたのは、1974年のことだ。
「サトウキビのプランテーションが一面に広がっていて、その他にあるものはジャングルだけ。本当に何にもない島だった。面積はこれだけあるのに人口は5万人もいなくて、ハワイアンと、プランテーションで働く日系人とフィリピン人が暮らしていた。欧米人なんてまず見かけなかったね」
オアフ島の開発が進むのを嫌って、手つかずの自然が残る別の島に住処を探し始めたとき、まず思い浮かんだのは「何にもない」ハワイ島だった。
「マウイ島もいいなと思っていたけれど、偶然にもヒロでフォーマイル・ビーチ(カールスミス・ビーチの別名)を見つけてね。フォーマイルはマウナ・ケアの雪解け水が湧き出る、とても特別なビーチなんだよ。水はびっくりするほど冷たいけれど、それが心も身体も生まれ変わったようにリフレッシュさせてくれる。ヒロは泳ぐところがないと思い込んでいたから、ここにこんなすばらしい場所があると知って惚れ込んじゃった。雨の多いしっとりとした気候もいいし、人も少ない。で、ハワイ島に引っ越してきた」
当時のハワイ島は、一面にサトウキビ畑が広がっていた。秋になると、見渡す限り続くサトウキビ畑のススキが黄金色に色づき、真っ赤な夕日に彩られるさまは言葉を失うほど美しかったという。
「プランテーションが終わると労働者が去り、ヒロはゴーストタウンになった。時を同じくして西海岸からヒッピーが入ってきた。そしてそのあとかな、開発が始まってリゾートホテルやら別荘やらができ始めたのは」
ニックさんが愛した、サトウキビ畑に囲まれたハワイ島の姿はもうないけれど、それでもやっぱりここは特別だ。フォーマイルがあり、ウォームポンドがあり、ボルケーノのまわりには固有の自然を体感できるトレイルが張り巡らされている。とりわけ朝がいいというこのトレイル、「山好きなら、1週間滞在しても歩ききれないほど」、だそうだ。
そんなニックさんが最近、情熱を持って取り組んでいるのが、日系人のルーツをたどるプロジェクト。日本人がプランテーション・ワーカーとして初めてハワイへ渡って、今年はちょうど150年目。もはや日本に足を踏み入れたこともないという日系4世、5世のため、そのルーツ探しに手を貸すという。
「山口県の周防大島に日本最大のハワイ移民資料館があってね。調べてみると、最初の官約移民のほとんどがあの島とその周辺の出身者なんだよ。当時の乗船名簿も保管されているから、フルネームさえわかればだいたいの出身地がわかる。出身地が判明すれば、ルーツはもちろん自治体の戸籍から親戚のあるなしもわかるからね」
ハワイアンは系譜への思いが強いというが、一方で日系2世たちは青春時代に父母の祖国と自らの祖国の戦争を体験し、アイデンティティに悩みながら差別や偏見と戦った歴史がある。70年代にはハワイの伝統や文化を見直そうという「ハワイアン・ルネサンス」の機運が盛り上がり、同時に、今一度自分たちのルーツに立ち返ろうというムーブメントも生まれた。こうした過去を知らない若い日系人に祖先への興味が芽生え始めているのなら、「家紋のタトゥーを入れたい、くらいのカジュアルなノリだとしても、何か手伝ってあげたい」と考えている。
4月にはそのプロジェクトの第1弾として、日系4世の女性を周防大島の近くの小さな島へ送り出す。ニックさんも通訳兼コーディネーターとして同行するつもりだ。
「自分の半生を振り返ってみれば、さんざんこの島で遊ばせてもらったから。日系人や日本とハワイとの絆の役に立つことで、何がしかの恩返しができればいいと思ってね」
ニック加藤 Nick Kato
1973年、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校を卒業後、ハワイへ。コーディネーターとして活躍する傍ら、ハワイ音楽を日本へ紹介した。『誰も知らないハワイ』など著書多数。
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